サラダ・サージェリー

没シナリオ大全集 part 1


自分で解説:以下の4話は、元来『コミックBingo』用に書いたものであったが、同誌が潰れたのでHD内にずっと寝かせておき、その後、四谷ラウンドで書き下ろし単行本にしてくれるよう売り込んで、担当の摘菜君を煩わせ、どうにか「下絵」まで完成したところが、なんと広島在住の作画家先生がその先の作業を1年以上もしてくれず、遂に企画として自然消滅したもの。これを書く手間と、その間に切った自腹、そのすべてが無駄になるのではないかという恐怖のストレス、そしてやっぱり無駄だったぜと思い知らされる日の徒労感。斯かる体験を何度も何度も連打で痛啖するのが劇画原作者の宿命のようでございますが、これじゃ長生きはできやしねぇ!
 皆様、ご賢察の上、お笑いくだされい。ウワッハッハッハッハッ……………。

第一話:封じられたアイデンティティ


○夜の首都高

 改造クラクションの音。

声(若者たち)「どけどけっ」「チンタラ走ってんじゃねえ!」

 ホットロッド改造車をつらねて集団走行中の若者集団。
 各車車体には炎のペインティング、“高速道路の星”などのマーキングがベタベタ。
 蛇行運転やハコノリなどはしていないが、140キロ以上で流している。
 他の一般車は慌ててその集団に車線を譲っている。

○再後尾車両の車内

若者#1「…んっ?」

 ドアミラーに、ウィンカーを出して急激な車線変更をする紺のクラウンが映る。

若者#1「(ミラーを見て青ざめ) や、やべえっ!」

 若者#1、急激に減速したため、メーターの針が140キロからぐんぐん下がる。

隣りの若者#2「(前のめりになりながら) どうした?」

若者#1「(シートベルトをつけながら焦って) 後ろ見ろ! ウィンカー出しながらあんなメチャな車線変更してやがる…!」

若者#2「(後ろを振り向いて) ゲッ、ダブルミラーのクラウン…間違いねえ…ありゃあ面パトの…」

○品川88ナンバーの覆面パトカー正面
 鬼のような形相でハンドルを握る京極警部補(50)の顔。

声(若者#1/2)「…狂犬刑事[デカ]!!」

○覆面パトカー車内
 助手席の若杉警部補(26)、京極のやりかたにはらはらしている。

若杉「京極さん、あいつらはスピード違反だけです! 蛇行運転はしていません!」

京極「違法改造車コロガシてる連中に手心くわえろってのか? 若杉、回転灯出せ!」

 京極、思いきりアクセルを踏みつける。
 過給器のうなり。
 シートに背中を押し付けられた若杉の目の前のメーターが一気に160キロを超える。

○俯瞰
 回転灯をつけた京極の面パト、ものすごいスピードで若者集団を追い越す。

声(若者)「ヒイッ!」

○前からのロング
 面パト、またウィンカーを出して、若者集団の先頭車両の前にスッと割り込む。

○面パト車内

声(京極)「若杉、よくみてろ、こうするんだ!」

 京極の足、思いきりブレーキを踏む。

声(若杉)「やりすぎです、京極さん!!」

○若者集団の先頭車両からの視野
 みるみるクラウンのリアパネルが迫ってくる。

声(若者#3,#4)「うわーっ」「急ブレーキかけやがった!」

○ロング
 制動音と衝突音が交錯。
 京極車との衝突を避けようとした若者先頭車以降、玉突を起こして全車停車。
 中には衝突を避けようとして横転した改造車も。

○やや時間経過
 京極、煙を吹き上げてクラッシュしている改造車から、負傷している若者#1を引きずり出し、容赦なく拷問している。

京極「オラッ、半年前に戸越一丁目交差点で当て逃げした事件だ。仲間内で誰がやっ
たとかの噂くらいあンだろ!?」

若者#1「(頭から血を流しながら、すっかり委縮して) そ、その野郎は知りませんっ! 本当ッス、刑事さん! 俺達、高速専門ッス!」

京極「トボケるな! 犯人はこんな改造車に乗ってたんだよ! お前らの仲間に決まっとる!(と、若者#1の胸ぐらをつかみ、車のボンネットに後頭部を何度も打ち付ける)」

若杉「(京極を羽交締めにして引き離し) 京極刑事、やめて下さい! いくら轢き逃げ犯が見つからないからって、これじゃ…」

京極「駆け出しはすっこんでろ!(若杉をつきとばし、次の車の脇に立ちすくんでいる別の若者の頭髪を引っ掴む) おい、テメエ!」

若杉『(尻餅をつきながら独白) こ、こんな人じゃないのに…半年前のあの事件が…』

○半年前の回想シーン・東京都目黒区内・深夜
 庶民的な小型ファミリーカーが夜の無人の商店街を走ってくる。

○同車内
 運転しているのは訪問用の改まった私服を着た京極で、隣りのシートにはやはり夜
会向きの服装をした娘の真理子(25)。
 京極の表情は現在とはうって変わって優しい、長屋のオヤジ風。

京極「(運転しながら) 本当にいいのか真理子? 愛木先生は明日は非番じゃないの
だろう。こんな深夜に親娘して押しかけては…」

真理子「(はしゃいで) いいのよ。警察病院の勤務医は休日でも呼び出されることがあるんだから。平日深夜の方が間違いなく自宅にいられるの」

京極「(説教しようとするのだが嬉しさは隠せず) そうか。しかしお前もいままでのようにチャラチャラしとってはいかんぞ。結婚なんてそんなに生易しいことじゃ…」

 突如、交差点の横合いから改造車風のスポーティカーが猛スピードで飛び出してくる。

真理子「危ない、お父さん!!」

京極「真理子、横を向け!!(急ハンドルを切る)」

 クラッシュ。
 京極、傷だらけの顔をハンドルからゆっくりと持ち上げる。
 かすかに、バックして逃げ去っていく改造スポーティカーのシルエットが見える。
 隣りの真理子は、首が変な角度で曲がり、耳と鼻と口から出血している。[※註:耳から出血している場合、脳外科的所見では、まず助からない。]
 京極、再び意識を失ってハンドルに突っ伏す。

声(目撃者)「オイあの音、当て逃げらしいぞ!」

 バケツ掃除をしていた格好の板前が飛んでくる。

○回想シーン終り・元の高速道路上

若杉『…改造スポーティカーらしいという以外目撃証言は無く…京極さんも頭を強打して事故の瞬間の記憶を想起できない…。以来、改造車を目の敵にして追跡する、酷
薄な交通課警官になってしまった…』

 若者数人を残酷に殴り付けている京極の悪鬼の形相。
 ようやく救急車とパトカー数台が現場到着する気配。

○数日後・飯田橋の警察病院・日中・全景
 風景のどこかに、今が1989年であることが分る看板や表示。[※医学フィクションは、過去の話に設定しないと不都合なことが多すぎるので。本作は全話、1989年の物語とする。]
 町も人もバブルめいている。

○同病院内・病理解剖室前ドア

○同室内
 一体の死体を前に、手術衣をまとった警察病院勤務医の愛木(35)と、医療コンサルタント・佐良土 錬(39)。
 死体は、セラミックの解剖台に載せられ、愛木からみて、左側に頭部がある。
 放射線科で撮ったCTスキャンの断層撮影像が複数のモニターに映し出されている。
 なお、佐良土の右側額の生え際には、約1センチの手術痕がある。愛木は誠実そうな男だが、人に隠さねばならぬ重い過去があるため、何を言うときも表情に抑揚がない。

愛木「(ゴム手袋をしながら) こうして私的なアドバイスを受けられるなんて、医局以来だ。本当にお久しぶりです、佐良土先輩」

佐良土「(マスクをつけながら) 愛木君こそ、今では胸部外科の“聖人”と呼ばれているそうだね。驚いたよ」

愛木「(マスクをかけおわって、メスを手に持ち)とんでもない。アメリカで百数十例の頭部銃創を治療された先輩が偶然当院にお立ち寄り下さらなかったら、こんな事例
はお手上げです」

佐良土「私は国内では免許を持たない一コンサルタントだ。君が解剖しながら、説明を…」

愛木「はい」

 愛木の持つ解剖刀のアップ。
 以下、愛木が死体を切り刻んでいくが、それは描写せずに、二人の胸から上だけを
見せる。

愛木「…遺体は、練習中死亡したマラソンの五輪候補選手で、遺族は南米で行った手術が原因だと言っています。…側頭葉、小指頭大の手術痕です」
[※註:東京都内の変死体は東京都監察病院で行政解剖または司法解剖されるが、運動
中の急死は病死扱いで、解剖は入院先の病院が遺族の同意を得たうえでの病理解剖と
なる。]

佐良土「耳介前上方から疑問符型切開の痕があるな。おそらく顕微鏡の使えない病院で広い手術野を確保しようとしたのだろう。CTで見ても神技だよ」

愛木「(淡々と) 硬膜まで一気に皮切し…皮膚弁を反転します」

佐良土『(愛木の暗い横顔に注目して) あの快活な医学生が、まるで別人のようだ…
何があったのか…?』

 やや時間経過。
 愛木の手、骨鋸を置く。

声(愛木)「委縮と壊死が見られます…固定前に、温生食水で洗浄します」

佐良土「脳底動脈の先を見るのだ」

愛木「(驚き) ウイリス動脈輪に細工が…一体これは何です、佐良土先輩?」

佐良土「やはり、か…」

 ここでイラスト使用。

佐良土「脳を流れている血液は全拍出量の30%に及ぶが、酸素消費は20%だ。そこで
運動中だけ大脳への血流量が5%ほど減るように結さつ術を施したのだ。高地順応と
同じ効果を狙ってな…」

愛木「それじゃ、走っている間に少しでも考え事をしたら持ちませんね。コーチの入れ知恵でしょうか」

佐良土「分らん。しかし、そういう手術を持ちかけ、高額の報酬を受け取る外科医が海外にはいる」

愛木「それが…先輩がウチの資料庫で足取りを調べようとしている、湯口源介…なの
ですか?」

佐良土「そうだ。米国で私が5年間師事した天才…そして、違法なヤミ手術に気付いた私を昏睡させ、術式不明の脳手術を施して姿をくらました…やつならではの手技だ
よ!」

愛木『(佐良土の頭部に注目し)…そうだったのか…先輩は、その男にアイデンティティを改変されたかもしれないという、すごい恐怖と闘っているのだ…』

アナウンス「急患到着。当直医の愛木先生、一階手術室までお願いします」

 顔を上げた愛木と目を合わせる佐良土。

○一階廊下
 愛木がちょうど階段を下から上がってきたところへ、たったいま救急車から降ろされたばかりのストレッチャーが救急隊員により廊下を押されてくる。
 患者は頭から血を流している。
 ストレッチャーには点滴が吊され、看護婦が酸素をあてがい、上着の破れた若杉が
付き添っている。

愛木「(若杉に気付いて) あなたは、若杉さんじゃ…!?」

若杉「おお、愛木先生! 大変です、京極さんが…!」

愛木「えっ、患者は京極さんなのですか!? 一体どういう事故状況です!?」

若杉「一般道で暴走族を追跡中、通行人を避けるために堤防に接触して横転したんで
す。私はこの通りカスリ傷でしたが…」

京極「(うわごとで) 真理子…カタキは…とってやる…」

愛木「(それを聞いてショックを受け) …!」

佐良土「(後から追い付いてきて) 混濁しているが意識はある…まず脳内出血を疑う。検査を手伝おう」
[※註:兵頭より松村先生へ。“〜を疑う”という言い回しはヘンな感じがするかもしれませんが、これが医者独特の言い回しなのです。この台詞に限らず、本作の台詞は
すべてよく考え抜き計算してあるものなので、松村さんのフィーリングで勝手に改変しないで下さいね。何か独自のものを付け足したいような場合は、ネームではなく、絵でやってくださるようにお願いします。]

愛木「(ハッと気付いて) お、お願いします」

ここでストレッチャーはちょうど手術室に至る。
 手術室のドアがバタンと閉じられ、“手術中”のランプが点灯。

○手術室の中・やや時間経過
 看護婦数人と、手術衣の愛木、佐良土。
 複数のモニターがあり、心電図、脳波図、CT画像、そして骨折をみるための通常レントゲン写真が出ている。[※註:MRIは撮影に時間がかかるため、急患には適応されない。]

佐良土「(パソコンディスプレイを見ながら、落ち着いて) CT所見、腰椎穿刺[ルンバール]ともに出血は認めない。だがこの斑痕は何だろう?」

愛木「半年前、車同士の衝突事故で左前頭葉に軽い脳挫傷と脳浮腫を…。その事故の瞬間について、健忘があります」

佐良土「(いぶかしみ) カルテもないのに、なぜ詳しい?」

愛木「この人は私の義理の父…になる筈でした。その事故で、同乗していた私のフィアンセが死亡したのです」

 佐良土の驚いた顔。

佐良土『それで、かつての快活さをすっかり失っていたのか…それにしても…』

愛木「あと6時間は経過観察をしたいと思います。先輩、どうも有難うございました」

佐良土「私は湯口の情報を探すため、しばらく都内にいるから、何かあったらホテルに電話を…」

○2週間後・都内の幹線道路・早朝

ネーム『−−二週間後−−』

○道路脇でダボハゼ待機している京極の面パト

○同車内
 警察車両らしい無線機のインディケーター類が静かに点滅している。助手席の若杉は紙パックのコーヒーをストローですすりながら、行き交う車両に目を光らせている。隣りの京極は半眼で居眠り状態。

 朝日が差し込んでくる。

京極「(目を覚まし、大あくびして) もう朝か…。本日は収穫なしになりそうだな」

若杉「京極さん、もう少し休まれては…」

京極「怪我ならもう完治してるよ。それよりマル走どもは通りかからねえか?」

若杉「いえ…昨日今日と平日ですし…」

 その時、目の前をド派手なスポーツカー2台が大きなステレオ・サウンドを響かせながら通りすぎる。
 若杉、京極の表情を盗み見る。
 京極、スポーツカーを目で追っている。
 京極の左手がシフトレバーの方に延びる。
 固唾を呑む若杉。
 しかし、京極の左手はシフトレバーではなく、その前の、缶入のお茶を掴み取る。

京極「(お茶をすすりながら) 15キロオーバーだ。ま、見逃してやろうや…」

 驚きの表情を見せる若杉。

若杉『(京極の目に注目し) 京極刑事の目が…半年前に事故に遭う前の…優しい目つ
きに戻っている…!?』 

京極「(腕時計を見て) さて、署に帰るか」

 面パト、動き出す。

若杉「(探るように) 京極さん、最近は、警察病院での検査は受けておられますか?」

京極「(運転しながらニコニコと) 行かねえよ。愛木先生は忙しいんだ。なにしろウチのはすっ葉との婚礼が控えてるからな」

若杉『(内心非常に驚いて) …記憶障害が…進行している!!』

○走っている面パトの俯瞰

声(若杉)「京極刑事。私に運転を代っていただきます」

声(京極)「どうしたんだ若杉、急に?」

声(若杉)「いいから代ってください。行くところがあります!」

○警察病院・ビル正面・同日日中

○同診察室
 京極は診察ベッドでぐっすり寝ている。
 その脇に、若杉、愛木、佐良土。

佐良土「睡眠薬を投与したのか」

若杉「ああでもしないと、一人で勝手に帰ってしまったでしょう」

愛木「佐良土先輩、恐縮です、またお呼びたてして」

佐良土「ちょうど調べ事の目処がついたところさ。それより若杉さん、患者は娘さんがまだ生きているかのような話をするんだね?」

若杉「はい。事故の瞬間の記憶に加えて、今度は娘さんを亡くしたという事実まで…。だから、犯人を憎む気持ちもなくなって、以前の温厚な性格に戻ったのだと思います」

佐良土「典型的な“イベント記憶喪失”だな…。(愛木に) どう思う?」

愛木「引金は先日の打撲でしょう。しかし京極さんは、お嬢さんの死という記憶を抑圧するために、心因性の記憶障害に陥っているとも…」

佐良土「なるほど。そこに気が付くとはさすが主治医だ」

愛木「これを放置すれば、やがては重い人格傷害に発展しかねません。佐良土先輩、
どんな治療法があるでしょうか?」

佐良土「(あまり乗り気でない様子で) …扁桃核の電極刺激によってフラッシュバック記憶をよび覚ますことはできる」

 イラスト、脳の断面図で扁桃核の位置を示す。

若杉「本当!? だったら、事故の瞬間のことも思い出して、それで犯人が逮捕できるかも!」

佐良土「(若杉に) だが、お嬢さんが亡くなったという記憶も戻る。再び元の荒んだ精神状態になってしまうかもしれないよ」

若杉「(ガックリと) そうか…それならば治さない方がいいです…。この前までの京極さんは、ありゃあ、京極さんじゃないですから…」

愛木「佐良土先輩、その方法で治療させて下さい!」

 佐良土、若杉、びっくりする。

佐良土「…いいのか?」

愛木「人は、生きている限り、本来のアイデンティティを保持すべきです」

佐良土『愛木君と京極父娘はただの結び付きではないようだな…』

佐良土「わかった。手術室の準備を…」

○手術室・時間経過
 愛木、佐良土の他に、手術衣を着た若杉もいる。
 京極は頭部を宇宙ゴマのような固定器で固定されている。
 すでに京極の側頭蓋には小さな孔が開けられている (描く必要なし)。
 この場合は局麻なので人工呼吸装置などはなく、京極は意識がハッキリしている。

若杉「京極さん、若杉です。…どうですか?」

京極「ああ。はっきり聞こえるし話せるよ」

愛木「定位脳装置にて、電極を差し込みます」

 佐良土、黙ってうなずく。

若杉「(機械を操作して) 何か思い浮かびませんか? 思い出したものをおっしゃって下さい」

京極「(急に) おお、小学校6年2組の同級生たち…! おとなしくて目立たなかったやつの顔までまざまざと…こりゃ懐かしい!」

佐良土「(愛木に) 電極刺激位置を少しづつ変えて…」

若杉「今度はどうですか…?」

京極「…娘が着飾っている…わしもだ…愛木先生のお宅を訪ねていく所だ」

愛木「…!」

佐良土「(愛木に) 続けて…」

京極「(息荒く) その角…そこから車が飛び出して…真理子、顔を横に向けろ!!」

佐良土「そこまで、いったん抜いて!」

 佐良土が愛木の表情を見ると、異常に汗をかいている。
 京極は天井の一点を睨み、激しく息をついている。

若杉「京極さん、思い出したんですね! 半年前の事故の瞬間を!?」

 固唾を呑む愛木と佐良土。

京極「ああ。思い出したよ。外車だ。あの“丸につがいウロコ”のエンブレムがついたやつだ…俺の娘は、そいつに殺されたんだ!!」[※架空のエンブレムです。]

 京極の目付きはすっかりギラギラした“狂犬刑事”のものに。

若杉『ああ…京極刑事が…元の狂犬みたいな目に戻ってしまった…!』

京極「若杉、このエンブレムの外車をすぐに洗い出せ! 先生、早く頭の孔を塞いで下さい。わっしが自分で真理子のかたきを検挙してやりますよ!」

若杉「それじゃ、私はすぐ…(出ていこうとする)」

 佐良土、愛木がどうするか、黙って注目。

愛木「(静かに) 若杉さん、その必要はありません」

若杉「…?」

京極「先生…どういうつもりだ?」

愛木「捜査するまでもありません。その犯人はここにいます…」

若杉「(訳がわからず) なんですって、愛木先生? “聖人”とまで呼ばれるあなたが、どうして改造車で当て逃げ事故なんて…何をおっしゃるんですか」

愛木「(弱々しく笑い) 私は中学時代からのカーキチで、外車の改造には特に目がなかったのですよ…」

京極、佐良土「…!?」

○愛木の回想シーン

愛木「…その外車は、私が他県の知人から譲り受けたばかりの改造車でした。あの晩、私は食卓に飾る花がないことに気付き、京極真理子さんとお父さんが到着する前に急いで街の花屋まで買いにいこうと車を飛ばしていたのです。…事故を起こして怖くなり、家に逃げ帰りましたが、すぐにニュースで、相手の車に乗っていたのがお二人と知りました。外車はガレージの中で少しづつパーツを外し…残骸はまだそこにあります…」

○回想シーン終り・元の手術室
 絶句している京極、佐良土、若杉。

愛木「…これが“聖人”の正体ですよ」

佐良土『君はこの半年間、苦しみ続けたのだな、愛木…』

 京極、何事か黙考の体。
 愛木、若杉に自分の両手を突き出す。
 若杉、我に帰る。
 と、京極の腕が若杉の腕を掴んで制する。

若杉「京極さん…?」

京極「愛木さん、アンタにゃがっかりした。…まるで薮医者なんだから」

愛木「えっ…」

若杉、佐良土「…!?」

京極「俺の記憶は全然戻らないよ。妙な電気刺激で見もしない幻覚は生じたがな。病
人のうわごとじゃ、裁判の証拠にもなりゃしねえ、ハハハ…」

愛木「京極…さん…」

若杉『(ハッとして)…京極刑事の目は…すっかり昔の優しい目に戻ってる…!』

京極「ナンだな。先生も虚言症がありなさるね。はやく所帯を持たないと、本当に気の病になっちゃうよ」

 佐良土、黙ってうなずいている。

京極「記憶に問題のあるような刑事が執念深く容疑者を追っ掛けちゃいけねえや。オイ若杉、チョイと辞表の書き方調べてきてくんねえか」

 佐良土、愛木の肩をたたく。
 愛木、ドッと泣き崩れる。
 佐良土、ゆっくり手術室を出て行く。

ナレーション「佐良土 錬−−アメリカで脳外科のエキスパートとなったが、恩師である悪魔的医師・湯口のメスによって、アイデンティティ変改の恐怖を植え付けられる。湯口を探し出し、己の脳に施された術式を聞き出すまで、その恐怖から逃れることはできないのだ…。」 
(第一話・完)

第二話

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