サラダ・サージェリー

没シナリオ大全集 part 1


第二話:ヘタクソな家族の絵


○フロリダ州・×××シティホスピタル

 ベネズエラ出身のバツイチ♀脳外科医・マルセラ・フェルナンデス(35)が、若い見習い医を前に、講義をしている。
[※ベネズエラからは高名な脳外科学者が出ていますので不自然な設定ではありません。]
 彼女の胸のIDには、Ph. Dr. Marcella Fernandez と書いてある。

マルセラ「(モニターをボールペンで指し示し)…この3つの影は、原虫が髄膜脳炎を引き起こした占拠性病変よ。ネコを最終宿主とするトキソプラズマという寄生虫が人間の脳内で孵化した稀な例で、第4脳室にあるこの1つは、保存的に経過を見守る以外に手はなさそうね」

見習#1「(質問があるというジェスチャーをして) フェルナンデス先生、そいつは卵のうちに摘出できないんですか?」

マルセラ「(首を横にふり) 小さすぎてCTにもMRIにも映らないのよ。仮に場所の見当がついても、吸引する時に周りの脳を損傷するわけだし、他にもいくつ隠れているか分らないでしょう。虫卵には手術適用はありません」

見習#2「(小声で軽口を言い) エイリアンのエンブリヨ(幼生)みたいだな」

見習#1「わかりました、先生。帰ったら野良猫の溜り場を爆破します」

 見習たち、ジョークに笑う。

マルセラ「(腕時計を見て) それじゃ今日はここまで。特診患者がすっかりお待ちかねみたい」

 衝立の陰から佐良土が現れる。
 二人が友人以上の関係にあることを示唆するしぐさ。
 見習医たち、口笛を吹き、マルセラをひやかしながら室外に出ていく。

佐良土「僕も研修医時代を思い出したよ、マルセラ」

マルセラ「あなたに小脳神経膠腫を全摘してもらった息子が、御礼をいいたがってたわ、レン」

佐良土「デビッドは典型的な良性だった。誰の執刀でも完治したさ」

マルセラ「そうそう、あなたの電話を貰ってから、ベネズエラの叔父に頼んでユグチの南米での足取りを追ってもらったのよ (と、引出しから厚い事務封筒を取り出してくる)」

佐良土「さすが名家の出だ。助かる」

マルセラ「各地の違法手術で稼いだ金を、南米からヨーロッパや日本の銀行に預けているようね」

佐良土「日本にも? …そうか」[※第3話、「悪妻」への伏線となる]

マルセラ「(2つのパソコンモニターのスイッチを入れる) で…こっちは今朝MRIで見たあなたのオツム。こっちは昨日の血管造影なんだけど…」

 佐良土、急に表情を一変させ、二つの画面を食い入るように見ている。

マルセラ「非侵襲的に見る限りでは、あなたの脳に関して特に異常はないわね」

佐良土「だからマルセラ、開けてみなければ分らないんだ。悪魔的外科医・湯口が、外から覗けるような細工をしたはずがないんだよ!」

マルセラ「さっきの見習さんたちよりも物分り悪いわよ。脳は、単に開けて閉じるというだけでも、術後血腫や感染などの高リスクが…」

佐良土「百も承知だよ! さあ、脳生検はいつやってくれる? 僕がいま信用できるのは、君の開頭所見だけなのだ!」

マルセラ「レン、よく聞いて。あなたにできる最善のことは、定期的にCTや脳波診断を受けて、変化の兆候がないか気をつけることなの」

佐良土「(聞く耳を持たず、次第に興奮して) 君は湯口ってやつの異常性を知らないんだ! 奴はインドシナで採集した有鈎嚢虫か何かの卵を、僕の脳内に植え付けたかもしれないんだぞ!」

マルセラ「ねえ、さっきも解説したけど、そんなの脳ミソを全部水に溶かして顕微鏡で探すのじゃない限り、絶対発見できないんだってば…」

佐良土「(聞く耳を持たず、いよいよ興奮して) ロボトミーかもしれない! 奴は全米の刑務所の求めに応じて、極小ロボトミーの術式をいくつも編み出してるからな。それを僕の頭にも使ったのかも…!」

マルセラ「(落ち着かせるように) そうだとしても、どうやってほんのわずかな神経切断箇所を探し当てるの? 消息子[プローブ]でひっかきまわす? 健常な灰白質を傷つけちゃったら、元も子もないでしょう!」

佐良土「(マルセラの胸ぐらをつかみ) き、君はどうして患者の懇望を拒絶する!? 医者として同情心がなさすぎるじゃないか!」

マルセラ「やめてよ、怒るわよ、レン!」

 マルセラ、佐良土を思いきり平手打ちする。

佐良土「(ハッと我にかえり)…ハッ…す、すまない…」

 マルセラ、腕組みして見下ろしている。

佐良土「(頭を抱え) こんなふうに興奮するなんて…やっぱり湯口に前頭葉をいじられて、僕は性格が変わってしまったのかも…(と、うずくまる)」

マルセラ「(その肩を優しく抱き) 他人のメスでアイデンティティを変えられたんじゃないかというあなたの恐怖は分るわ。でも、ここにいるのは、私が前から知っている、同じレンだって、保証していいわよ」

佐良土「有難う、マルセラ…取り乱してすまなかった。深く恥じるよ (と、立ち上がる)」

マルセラ「もう帰るの? 一晩くらい私のアパートに泊まっていけば?」

佐良土「銀行ルートで湯口を追いたい。やはり、本人の口から一刻も早く術式を聞き出さなくては…こんな不安を抱えたままじゃ、人を愛することもできないからね…」

マルセラ「(出口に向かう佐良土の背に向かい) ユグチは単にあなたを疑心暗鬼にさせようと、頭蓋骨穿孔の後、硬膜より内側には一指も触れずにすぐ縫合したんだとは思わない?」

佐良土「(立ち止まり、しかし振り向かず) さあね…」

マルセラ「常識で考えてよ。どんな天才だって、局麻下で一晩でやってしまえる脳外科術なんて、その程度のはずよ!」

佐良土「あらゆる脳銃創を診てきた奴に、われわれの常識は通用しないんだ…(と、ドアノブに手をのばす)」

 と、そのドアが廊下側から勢い良く開けられ、若く美人だがお調子者の黒人看護婦・ペグ(21)が飛び込んでくる。
 名札の表記は“PEGGIE NICHOLSON”。
 佐良土、思わず道をあけ、壁際にさがる。

ペグ「大変よ、マルセラ! 今、テレビ局から救急車で運びこまれてきた患者、誰だと思う?」

マルセラ「さあ?」

ペグ「アザリアス少年なのよ!」

マルセラ「…誰ですって?」

ペグ「ほら、テレビのびっくりショーで…」

マルセラ「ペグ、私、アメリカに帰化してからほとんどテレビを見る暇もないのよ」

ペグ「マジ、それ? しょうがない、解説したげるわ。アザリアス君は、一瞬見せられただけの写真や風景を、細部まで寸分の違いもなくスケッチできるという天才少年なの!」

佐良土「(腕組みした姿勢で壁によりかかりながら) たぶん『自閉症サヴァン(*)』
だ」

[※註:自閉症児が特異な才知を発揮する症例の総称で、フランス語の“イデオ・サヴァン(=ばか天才)”を略して“サヴァン症候群”とも呼ばれる。]

マルセラ「(ペグに) それで、怪我の程度は?」

ペグ「ううん、怪我じゃないわ。番組収録中に、吐き気と頭痛を起こして…」

マルセラ「ペグ、それを早く言わなきゃ! 今日の脳神経病棟の当直医は私なのよ!」

○廊下
 ストレッチャーで黒人のアザリアス少年(10)が慌ただしく運ばれてくるところ。
 少年のマネージャーを兼務している、いかにも元労働者という顔つきの父親(32)も心配そうに付き添ってきている。
 父親はテレビスタジオから直行してきたので、胸ポケットからハンケチをのぞかせたカラーシャツ、白ネクタイ、ピンストライプのスーツ、エナメルシューズといった全然似合わない格好のまま。
 看護婦が問診し、看護士が眼底鏡で少年の目の中を覗いている。
 そこにマルセラと佐良土が走ってくる。

看護士「あっ、先生」

マルセラ「眼底出血は?」

看護士「見つかりません。しかし頭痛と嘔吐はずっと続いています。意識は清明」

マルセラ「緊急減圧術の必要はなさそうね。CT室へ!」

看護士「はい。開頭手術の準備は?」

 マルセラ、佐良土と一瞬目を合わせる。

マルセラ「(看護士に) 頼むわ、お願い」

看護士「わかりました。麻酔医を招集してきます (と、駆け出す)」

父親「(マルセラに) 手術だって? 息子はそんなに悪いのか?」

マルセラ「やるとは決まっていません。ただ、準備だけはしておかないと、容体の急変に対処できませんから」

 佐良土、その父親の様子をじっと見ている。

○時間経過・脳神経病棟の医師控室
 佐良土、サンドストーム状態のテレビの前に座り、ビデオリモコンのスイッチを押す。
 ビデオパネルの《RUN △》というインディケーターが点灯する。
 テレビ画面に『AMERICA’S 8th WONDER』(アメリカの8番目
の不思議)という番組タイトルの録画映像が現れる。[※註:架空番組です。]

○そのビデオ画像
 100万$スマイルの司会者が、派手なジェスチャーで舞台中央を示す。
 と、そこには蝶ネクタイを締め、いい格好をさせられたアザリアス少年が、ギャラリーに背を向けて座っている。
 大道具のバックプロジェクターに、一瞬だけ風景が映し出され、すぐに消える。
 カメラがスイッチし、スタジオの客席を埋めている有閑婦人たちの興味津々の顔が映る。
 再びカメラがスイッチすると、アザリアス少年は無心に、かつ、すごいスピードで画用紙上に鉛筆を走らせている。

○ビデオ映像を見ている佐良土のアップ

○外来待合室
 イライラとタバコをふかしているアザリアス少年の父親。
 そこにファイルを抱えたマルセラが通りかかる。

父親「(タバコをもみ消して近付き) 先生、フェルナンデス先生!」

マルセラ「(立ち止まり) アザリアス君のお父さん…いま、詳しい説明におうかがいしようと…」

父親「で、息子は、もういいのかい? 退院はいつできる?」

マルセラ「今は脳圧降下剤の投与で頭痛と吐き気を寛解させているだけで、手術が必要なことに変わりありません」

父親「ああ、脳腫瘍だってな…それを取らなければ…息子は…死んじまうのか?」

マルセラ「ええ。急に大きくなりはじめたら、もう放置して治ることはありません」

父親「じゃあ、早く手術をやってやってください」

マルセラ「ところがこの症例では、お父さんの同意が必要です」

父親「え、何の…?」

マルセラ「この手術の結果、アザリアス君の両目の視力が失われる可能性があるからです」

父親「なんだって…! 天才画家の目が見えなくなるだって…? そんな、神様…!」

マルセラ「…」

○佐良土のいる控え室
 佐良土がビデオ映像を見ている。

司会者「さあ、今度もアザリアス少年は、さっき一瞬見せられただけの×××夫人の
庭園を、正確にスケッチできるでしょうか!?」

アザリアス「(無表情に鉛筆を置き) おわった」

司会者「おおっ、できあがったようです!」

 肩担ぎカメラが画用紙のアップを取るために近寄る。
 カメラ切り替わり、その画用紙のアップ。
 非常に正確だが、無機的なスケッチ。
 しかし会場のギャラリーは単純に驚く。

司会者「御覧ください、驚くべき正確さです! 元の映像と比べてみましょう!」

 バックプロジェクターに元の映像があらわれ、さらにギャラリーが湧く。
 感嘆しきりの、会場のおばさんたちの表情のアップ。

○再び外来待合室

マルセラ「…同意できないですって?」

父親「ああ、だめだ」

マルセラ「よく考えてください、お父さん、アザリアス君は…」

父親「ねえ、先生。…見てのとおりオレは無学な失業者で、女房は他の男と逃げちまって行方知れずだ」

マルセラ「…?」

父親「…つまり、息子があの能力を認められなかったら、テレビの出演料で、こんな服を着たり、いい車に乗ったりはできなかった」

マルセラ「…」

父親「…そしてそれはあいつだって同じなのさ!」

マルセラ「お父さん…」

父親「目が見えなくなったらもうあんなスケッチも描けない! そんな、ただの目の見えない自閉症の黒人の小僧になっちまったら、生きていたって、辛すぎるじゃねえか!」

マルセラ「…」

○佐良土のいる控室
 ビデオ再生が続いている。

司会者「(アザリアス少年にマイクをつきつけ) アザリアス君、絵の勉強はどのくらいしたんだい?」

アザリアス「(相当の間をおいてから、無表情に) …なにもしてないよ」

 会場、ワーッと湧く。
 場面切り替えのためのBGMが鳴り、アシスタントがアザリアス少年を舞台の袖に案内していく。

司会者「(カメラに正対し) 新しいアメリカの“8番目の不思議”が、また増えたようです。…それでは、ここで番組からのお知らせです、どうぞ!」

 司会者が大きな手振りをしたところで、画面がプツンと消される。
 ビデオからVHSがイジェクトされてくる。
 佐良土、もう十分見た、という表情でリモコンを置く。

佐良土『あれが絵であるものか。正確そのものだが、写真に塗り絵をしたように無機的だ…』

 と、ドアが開いて、マルセラが入ってくる。

マルセラ「レン、ここにいたの?」

佐良土「ああ。少年が出演した番組のビデオをペグから借りて見ていた。…で、CTによる君の見立ては?」

マルセラ「膠腫[こうしゅ]だったわ。前頭葉ですごく大きく成長してたの」

佐良土「膠腫…神経細胞をとりかこむ繊維質部分に腫瘍が生じているのだな?」

マルセラ「ええ。でも、病変部位がとうとう視神経交差部に密着したのよ」

佐良土「なに…それじゃ視神経膠腫か!」

マルセラ「ええ。視神経は強い力に弱いから、病巣を鉗子で引っ張って剥がすと、両眼視力に回復不能のダメージを与えかねないわ」

佐良土「それで…? 全摘じゃなく、神経の周りに少し腫瘍を残す“亜全摘”としたいのか?」

マルセラ「いいえ。それだと手術侵襲反応で、残った腫瘍が急激に憎悪し、最悪の転
帰をたどりかねないから…」

佐良土「では、保存的に経過をみようと…? この段階の腫瘍を放置すれば、死は免
れない。両眼視力を犠牲にしてでも、病巣を廓清すべきではないのか?」

マルセラ「…それって、本当に患者と家族のためになることかしら、レン…?」

佐良土「マルセラ…」

○アザリアス少年の病室
 ペグの正確なスケッチのアップ。

ペグ「すごいわアザリアス君、完璧じゃない、どうも有難う! でも今朝コーヒーをこぼされたこの染みまで写すことないんじゃない?」

 スケッチには、白衣のちょうどお尻の部分についたみっともない汚れまでが、写真のように正確に描写されている。
 ペグ、ベッドに寝ているアザリアス少年に新しい紙と鉛筆を渡す。

ペグ「(思い付いたように) ねえボク、先週の×××[番組名]でダイアナ・ロスのスケッチをしたでしょう。もしよかったら、私をあの時のダイアナの衣装で描いてくれないかなあ」

アザリアス「(うつむいて)…できないよ」

ペグ「えっ? どうして?」

アザリアス「(渡された白紙を見つめたまま) 僕は想像では何も描けないんだ。見たものを、そのまま描くことしか、できないんだよ」

ペグ「アザリアス君…そんなことないと思うな」

○病院全景

○院長室に通じる廊下
 マルセラが歩いてきて、立ち止まる。 
ドアには、院長室と書いてある。
 ノックしてドアを開けるマルセラ。

○院長室内

院長「フェルナンデス君、呼びつけてすまん。例の、チビのゴッホだが…」

マルセラ「ああ、アザリアス君のことで…何か?」

院長「君も分ると思うがねえ、ああいうTV有名人をうまく治療することができれば、病院の経営上、こんなに有利な宣伝はないのだよ」

マルセラ「はあ…」

院長「というわけで…君の治療方針を聞かせてくれるかな?」

マルセラ「唯一の保護者である父親の意向もありますし、ここは、保存的に経過をみようかと…」

院長「(激しく) 保存療法だって? バカをいっちゃ困るよ、君!」

マルセラ「…」

院長「有名人にそんな死なれ方をしたんじゃ、この病院の悪名が全米に知れ渡るだろ
う!」

マルセラ「では、どうか転院を…」

院長「君が執刀するのだ、フェルナンデス君! 美人外科医が執刀した上で患者が最
悪の転帰に至ったというなら、病院としても広報のしようがあるんだから」

マルセラ「そ、そんなこと…」

院長「できないとはいわせんよ。『米国でも学位を取り直したい』という君を病院は支援してきたが、考え直してもいいんだよ!」

マルセラ「(怒って) あら、そうですか…それでしたら…!(と、IDを剥ぎ取ろうとする)」

院長「な、なんだね? 辞めるというのかっ!?」

 と、ドアが勢いよく開けられて、佐良土が入ってくる。

佐良土「フェルナンデス医師は手術をしますよ。私が介者ということで手術室に入り、実際には私が一人で執刀するというのでよろしければ…」

院長「(驚き) 誰だね、君は?」

佐良土「ドクター・レン・サラド。脳神経外科医です」

院長「き、きみが、あの“フィラデルフィアの奇跡”と呼ばれた…」

 佐良土の顔のアップ。

○手術室にアザリアス少年が運びこまれる

○手術準備室

看護士「(ドアから首だけ室内に入れて) いま全麻をかけています。1時間ほどしたら、手術室にお越し願います」

 看護士、そう伝えると首をひっこめ、外からドアを閉める。
 手術準備室は佐良土とマルセラだけになる。
 ふたりは手術衣に着替えている。

マルセラ「あんな難しい病巣を…本当に視神経を傷つけずに廓清できるの?」

佐良土「ある脳外科医が全く同じ膠腫の全摘をやってのけたのを、介者としてこの目で見ているんだ」

マルセラ「それ、ドクター・ユグチのことね?」

佐良土「そうだ。そして今の僕なら、湯口以上にうまくやれるだろう。これは僕の想像だが、アザリアス少年の自閉症は…」

 と、勢いよくドアが開き、父親が血相変えてとびこんでくる。

父親「フェルナンデス先生、すぐに息子を退院させろ!」

マルセラ「アザリアス君のお父さん…! ここは手術準備室で、部外者の立入りは…」

父親「そんなこといっていられるか、オレは息子の手術を承諾なんかしていないんだ!」

マルセラ「えっ…でも院長先生は、もう同意が得られているって…」

佐良土「たぶん私に責任を押しつければすむと考えたのだろう」 

父親「息子はどこだ、もう手術室かっ!? (と、飛び出していこうとする)」

 佐良土、その出口に立ちはだかる。

父親「うっ…!」

佐良土「お父さん、あの子は自閉症ではありませんよ。長生きさせれば、普通人としての能力を延ばして行くことができる。それは父親の義務ではありませんか」

父親「なんだって、あいつが自閉症じゃない? 医者のくせにそんなデタラメななぐさめを言うな!」

佐良土「ではその証拠をお見せしましょう。(内線電話を取り) ペグか…アザリアス君のベッドから、あの絵を持ってきてくれ」

 心配そうなマルセラの顔のアップ。

○時間経過
 父親はイライラと椅子にふんぞりかえっている。
 ドアがあき、ペグが一枚の絵を掲げながら入ってくる。

佐良土「すまない、ペグ。それをお父さんに見せてやってくれ」

 ペグ、絵をテーブルの上に置く。
 絵のアップ。
 それは普通の小学生低学年児が描くような、拙い絵である。

父親「なんだよ、こんなヘタクソなガキの絵を出してきて?」

佐良土「よく見てください。これは定職を得て働いているお父さん、あなたではないですか」

父親「なに…!? (絵に引き込まれる)」

佐良土「そしてこちらは、普通の学校に通っているアザリアス君自身。こっちの女性は、蒸発したあなたの奥さんでしょう。幸せな一家の団欒風景です」

ペグ「つまりアザリアス君は、現実にはない、したがって見たはずのない世界を、空想で描いたのよ、お父さん!」

佐良土「想像であるがゆえに、同じアザリアス君の絵とは思えないほど拙いけれども、これは普通の10歳の児童の描くような、血の通った家族画ですよ」

父親「(絵を手にとり、ペグの目をみて) 息子が、これを、描いたのか…本当に?」

 ペグ、父親の目をみつめて黙って頷く。

佐良土「あなたはこれでも、彼がサヴァンだというのですか」

 父親、しばらく手にした絵を、食い入るようにみつめている。
 その父親の手が震え、目には涙が溢れる。

父親「(ガックリと頭を垂れ) わかりました…両先生、息子を、よろしくおたの申します…!」

マルセラ「どういうことなの、レン?」

佐良土「私の想像では、前頭葉内で成長していた膠腫が自閉症に似た症状の原因だ。
だから膠腫を取り除けば、スケッチの特異能力も失われる代りに、疑似自閉症も好転すると思う」

マルセラ「つまり、アザリアス君は、ふつうの10歳の子供になれるのね!」

ペグ「(父親を肘でつつき) その後は、父親のあなたの努力次第なのよ。分ってる?」

父親「ああ、分ってるよ…この世でたった一人のオレの息子なんだ」

看護士「(ドアから首だけ突き出して) 先生、全麻の準備が整いました。手術室へお願いします!」

マルセラ「(後ろから肩をたたき、耳許に) レン、あなたは元の性格のままよ」

 佐良土、うつむいて寂しげに微笑む。
(第二話・完)

第三話

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