没シナリオ大全集 Part 8.8
一切ヤラセなしっ!
自分で解説:懐かしい! これは、ながい・みちのりさんと、電話で『太陽に吠えろ』のパロディ漫才を展開していたときに、頭に思い浮かんできたプロットだ。もちろんモノにはなっていない。ギャグは普通のドラマの30倍くらいも脳髄を絞りださなければ商品にはならない。その体力は既に無かったようだ。
第1話「浦山登場!」
○ある高層ビルの中階の廊下
中堅のドキュメンタリー番組制作会社“(株)イーゾー映像”の入居している階の廊下である。
廊下の窓からは林立する丸の内の高層ビル群が迫っている。
その広く長い廊下を、同社取締役で叩き上げの現場チーフでもある鬼鞍飯蔵(44)がプラプラと歩いている。
鬼蔵の後から、同社の入りたて社員、宗谷(24)が小走りに近付く。
宗谷「鬼鞍さん! 鬼鞍チーフ!」
鬼鞍「(気づいて)宗谷か? どうした?」
宗谷「チーフ、ちょっとすいません、クキカのことで…(と、近くの共同トイレに連れ込もうとする)」
鬼鞍「クキカ?」
宗谷「あっ、企画です。売れるク・キ・カ!」
鬼鞍「業界人ぶって何でも逆さに言わんでええ。もう流行っとらんぞ、そういうの」
宗谷「とにかくこちらへ…! さ、さ…!」
○トイレ
洗面台と鏡が数個ならぶ、トイレの中。
宗谷「すいません、こんな場所で…。(額を寄せ)でもこの話、浦山さんだけには絶対に聞かれたくないんスよ」
鬼鞍「どうしてだ? 浦山はお前の先輩じゃないか?」
宗谷「(あたりをはばかりつつ)だってあの人、人の企画を聞き出して…どうすると思います?」
鬼鞍「…そう聞かれてもな…」
宗谷「こともあろうに、他社のプロデューサーんとこ持ち込んで、小遣い稼ぎしてるんですよ! ほら、この前の『(暴)タクシー仁義なき規制緩和−−筑波と箱根の頂上作戦じゃけんのー!!』だってCXに先越されちゃったじゃないスか」
鬼鞍「ああ、ワシがTXのディレクターの鞄まるごと黙って持って帰ってきた…」
宗谷、ズッコケる。
鬼鞍「…だがあんな時間も金もかかる企画はダメだ。ウチのお客はN[※=NHK]じゃないんだから。で、お前のとは、宗谷?」
宗谷「(いよいよ声を低め、前屈みに肩を寄せて)それがですね、鬼鞍さん。…最近、霞が関のオフィスビルの女子トイレに、高級官僚風の痴漢が出没するらしいんスよ」
鬼鞍「(声をひそめ)ほおっ、そりゃ使えるぞ! プライムがコケても昼枠に持ってきゃいい。(頭の中でソロバンをはじく様子)ウチの地場だから取材は片手間でできるし…白紙領収書で経費取り放題だ! じゃあ、宗谷ともう一人、誰をつけようか…?」
と、突然「バーン」と後ろの大トイレのドアが開かれる。
二人、驚き、振り向く。
ヅカヅカと歩み出てきたのは、サングラス以外はエリートサラリーマン風の浦山(30)。
宗谷「う…浦山さんっ!?」
浦山「(『太陽に吠えろ』の山さんのようにしかつめらしい顔で宗谷の肩に手を置き)話は全部聞かせてもらった、宗谷。チーフ、この仕切りはオレにひとつ…」
と、浦山、鬼鞍と宗谷の間になれなれしく割って入り、両肩を組み、まるで三人でスクラムを組んだような格好となる。
鬼鞍「……(下を向いてしばし黙考の体)」
浦山「宗谷はまだ駆け出しだ。オレのサポートが必要ですっ」
宗谷『(鬼鞍の反応に注視している)……?』
鬼鞍「(ボソリと)浦山……」
浦山「はっ」
鬼鞍「ベルト、ちゃんと締めたか?」
宗谷、見ると、浦山は下半身がパンツだけで、ズボンは足元に落ちている。
そこに、このビルの他のオフィスの女子事務員が入ってくる。
女子事務員「キャーッ、誰か来て! このビルの女子トイレにも痴漢よ〜っ!(と飛び出していく)」
○会議室
衝立で仕切られただけの雑然たる会議スペースで、衝立の外では他の社員が機材を運び出したりテープを選り分けたり忙しくしている。
宗谷は下を向いている。
浦山、無表情でタバコを吹かしながらスポーツ新聞を読んでいる。
声(鬼鞍)「…ウヒョ〜ッ、これは痛いですな、イヤハハハ…どうです、こんど赤坂のあのフィリピンパブでまた…? イヨッ、大統領! えっへっへへ…!」
鬼鞍がTV局のプロデューサーに電話をかけている。
相手が局側の人間だと、番組制作会社の管理職は例外なくタイコモチと化すのだ。
鬼鞍「…ええそりゃもうゴールデン20パーは請負いですよ! この鬼鞍飯蔵に任せてくださいよ。いやもう佐々木さんにはかないませんわ。じゃあどうもどうもどうもどうもぉ〜!」
受話器を置いた鬼鞍、うってかわっていつもの恐い顔になり、会議テーブルに向き直る。
この場だけ、シーンとしている。
浦山と宗谷、顔を上げて注目。
鬼鞍「(かっこよく決めて)予算はついた。さっきの騒ぎでまた噂が広まったのが効いたようだ。(キッと目をむき)…浦山、すぐにかかってくれ!」
浦山「さっそく霞ヶ浦に飛びます。宗谷!(と、椅子を蹴倒し出口に向かって駆け出す)」
宗谷「(ツッコミ)霞が関ですっ。ここは丸の内だから、すぐ近くですよ!」
浦山「お前を試すためカマをかけたんだ。遅れるなっ!」
宗谷「はいっ!(遅れじと椅子を蹴倒しドアにダッシュしようとする)」
鬼鞍「(太陽に吠えろのボスのように抑えたシブイ演技で)まて、浦山…」
浦山、ドアのところで、前を向いたまま急に立ち止まる。
宗谷、浦山の背中に激突する。
浦山「…(背をむけたままで)なんでしょう、チーフ」
鬼鞍「さっき痴漢と間違えられたことで、真犯人を逆恨みしてないだろうな?」
向こうを向いたままの浦山、後ろ姿に少し動揺の様子を見せる。
鬼鞍「(あくまでシブく)いいか浦山。取材は復讐じゃないんだぞ。特にドキュメンタリー番組に私情を挟むのは厳禁だ。全国のお茶の間に、世の中の隠れた真実を伝える。それが俺たち制作プロの仕事だ。何がこの抑圧的な犯罪を生んだかを客観的に考えさせるんだ。分ってるな、浦山?」
宗谷、目をとじて鬼鞍チーフの言葉を味わい、ジーンとしている。
浦山「(握った手がブルブルと震えている)…チーフ、オレを…オレを信じてくれませんか」
鬼鞍「浦山……」
浦山「(振り向き)さっき、男子トイレが清掃中だったんですっ」
○ビルの前の道路
声(浦山)「機材なんかいらんっ。黙っていてこいっ!」
浦山と宗谷、ビルの表玄関から続けて走り出てくる。
しかし、前の道路はもう丸の内オフィスビル街である。
宗谷「浦山さんっ、車使わないんですかぁ!」
浦山「(走りながら)霞ヶ浦にいくんじゃないんだぞ! お前に本当のテレビ取材ってものを教えてやろう(と、昼飯の弁当を売っている軽トラや人混みの中に消える)」
宗谷『…本当のテレビ取材……よ〜しっ!(と走っていく)』
○時間経過・JR神田駅の近く
浦山、突然足を止める。
宗谷「…どうしたんです、浦山先輩!? こっちは神田ですよ、方向が逆…」
浦山「(シブく看板を見上げる風に)ここだ…!」
と、浦山、一件のパチンコ屋の中に入っていく。
○パチンコ店の内部
情報屋の岩田(50)、CRデジパチで大当たりの兆しに興奮している。
岩田「おーしっ、キャラが並んで確変無制限モードに突入だ! 朝から2万突っ込んだからな。ここで稼いだるぞ〜っ!(と、急に店の入口付近に浦山がいるのに気づく)……!」
玉がジャラジャラ出てくる。
浦山、キョロキョロと人を探しながら岩田の方に近付いてくる。
浦山の後に宗谷も付き従う。
岩田、ポロシャツの襟を立てて浦山から顔を隠すようにしながら、デジパチを打ち続ける。
浦山、岩田のいない方に方向を変えていこうとする。
岩田、ホッとする。
浦山「(と、急に岩田に気づき、遠くから大声で)岩田〜っ!(とニコニコと近付いてくる)」
岩田「あちゃーっ…!(青ざめ、顔をしかめながら、それでも玉を出し続ける)」
浦山「(岩田のすぐ後ろまできて)おっ、確変大当たりだな。オレ、一度も並んだことないんだよな。どんな感じ?」
と、浦山、岩田の手の上からハンドルを握り、強引に捻る。
玉、中央に入らなくなる。
岩田「ああ〜〜っ! 浦山さん、勘弁してくださいよォ! ひさびさの出なんでがすよ〜」
浦山「隣りに座ってもいいかな?(と、返事も待たずに勝手に座る)」
岩田「(すっかり閉口した顔で)分りましたよ。じゃ、今回はこれでひとつ…」
岩田、タバコの箱をそっと差し出す。
浦山、一本取り出してくわえると、箱に紙片もはさまっいる。
浦山、何気ない風にその紙片を抜き取り、タバコに火をつける。
紙片を拡げてみると、複数のレストランの白紙領収書である。
浦山、火のついたタバコを、無表情で岩田の右手に押し付ける。
岩田「アヂヂ〜ッ! スンマセン旦那、まだ持ってます! いま出しますっ!」
浦山「(自分の台を見つめたまま)ホテルのも二、三枚、あったら…」
岩田「ホテルでがすね…どうかもう、こんなところでご勘弁を…(と、さらに立派な領収書をポケットから数枚出す)」
浦山「(チラリとみて満足し)フム、これはいい。邪魔しちまったな」
浦山、岩田のドル箱を勝手にひとつ抱えて席を立つ。
宗谷、わけも分らず浦山のあとについて店の出口へ。
○時間経過
浦山、大衆食堂、場外馬券売場、大人のオモチャ店でも、白紙領収書を集めて回るシーンのコラージュ。
宗谷はただあきれるばかりである。
○夕方
隅田川リバーサイドに日が傾いている。
浦山、手摺にもたれながらホットドッグにかぶりついている。
宗谷「浦山さん、あの〜、さっきから、ちっとも聞き取り調査を、してないんですけど?」
浦山「(夕陽をながめながら、カッコよく)宗谷……オレはお前に、本当のテレビ取材を教える、と言ったはずだ」
宗谷「はい」
浦山「(腕時計を見て)良い時間だ。じゃ、いよいよ霞が関に乗り込むぞ」
宗谷「……!」
○霞が関ビル前
声「(バスのアナウンス)発車します」
バスが加速して去ると、“霞が関ビル前”と書かれたバス停前に、宗谷と浦山が降り立っている。
浦山「(ビルを見上げて)宗谷…」
宗谷「はいっ!」
浦山「これがあの有名な霞が関ビルだ」
宗谷「いわれて見ると……いままであまり気にせずに通り過ぎてました」
浦山「そうだろう。しかしこれが建った当時は、東京っ子のオレもブッたまげ、見物するため小学校をズルけて必死で行列したモンよ」
宗谷「へーっ」
浦山「しかし今じゃ、容積の基準に使われるのは東京ドームだし、霞が関ビルが何階建てかなんて、もう誰も知らん。この意味がわかるか」
宗谷「(大真面目で)つまり、視聴者の関心は時とともに良く移ろっていく……われわれテレビマンは激しい時代の流れについていかなくてはならないのですね」
浦山「違う。大衆はテレビが100回繰り返したことでも、2年もすりゃ全部忘れちまうんだよ(と、スタスタとビルの中へ)」
○中階エレベーター前
ゲートが開き、浦山と宗谷、出てくる。
○“三和興業新社”と表示された一室
いっけんスタジオらしくないあやしげなオフィスに浦山、ズカズカと入って行く。
宗谷『なんなんだこのオフィスは…? まさかこんなところに重要証人が?』
宗谷、キョロキョロしながら附き従う。
宗谷『あれっ、あんなところにオフライン編集機が…? ここはスタジオなのか?』
浦山はずんずん奥へ。
フロアディレクターみたいな格好の三十代の男が携帯電話で何事か話ながら浦山を出迎える。
浦山「ウーッス、ジローちゃん、みんな揃ってる?」
ジロー「(スタジオに案内しながら)すいませんね、ちょうどいま、2スタの時代劇のエキストラの人しか都合つかなくて…どうもあの予算では」
浦山「いいから。はい、これ台本ね。ちょっと読みにくいけど(とペラペラのコピー台本をジローと女性インタビュアーに手渡す)」
声(エキストラ)「どうもおはようございます。よろしくお願いします」
宗谷が振り返ると、野武士風の派手な髷ヅラをかぶり、顔にも切傷その他の派手なドーランを塗ったままのエキストラが早足で入室。
浦山「ああ、メイクそのままでいい。これ台本。細かいとこはアドリブで。すぐ背広着て!」
エキストラ「えっ、ヅラもこのままで?」
浦山「いいの。モザイクかけちゃうから。それよりこのスタジオ、1時間で空けなくちゃならないんで、巻き上げるよ」
エキ「(ヅラのまま背広を着せられて)ヘイ、わかりました」
宗谷『いったい、これは…なにが始まるんだ!?』
浦山「背景はデジタルで入れるから。クロマキー。ここ、街角ね。はい、テイク1、3、2、1…!(手でキューを出す)」
女性インタビュアー「(後ろから走ってきて)もしもし、ちょっとお話をおうかがいしたいんですが」
エキストラ「(歌舞伎風に立ち止まり、こなしあって)待てとおとどめなされしは、拙者のことでござるよな(と、すっかり『幡随院長兵衛』の鈴ヶ森で)」
浦山「うーん、こりゃ声を変えてもNGだ。青二プロ[※実在の声優エージェント]使ってアフレコ頼んでると赤字だし……しょうがない、オレが入れるよ、声」
宗谷、調整室にいて、ひたすら唖然。
イン「あなたはひょっとして××省の方なんじゃありませんか?」
エキ「いや、それは…」
イン「さあ」
エキ「さあ」
二人「さあさあさあさあ…!」
エキ「(見栄を切って床にあぐらをかき)ええい、バレちまっちゃあしょうがねえ、すべてお話いたしやしょう」
浦山「(調整室内で叫び)おい、ここは官庁街の舗道だぞ、あぐらかくなぁ!」
宗谷『(呆然と立ちすくみ)フ、フレームアップだ……ヤラセなんてもんじゃない。ここで、全部つくってしまおうとしてるんだ…!』
○以下、編集作業のコラージュ
浦山、コンソールの前で顔にモザイクかけの作業をしているが、モザイクをかけてもなんとなく髷が見えている。
浦山「ジローちゃんさあ、背景の素材、これだけだった? ちょっとアリバイショット欲しいんだけど。あっそ。ま、いっかー」
浦山、今度は録音マイクの前でヘッドセットをかぶり、モニターを見ながらアフレコ。
浦山「(なりきって、身悶えして)…そうなんです…女房に逃げられてから、私の人生は…ああっ、高級官僚なんてもうイヤだぁ!」
宗谷、ガラス越しの調整室であきれ顔。
モニター画面、ちょんまげ頭にモザイクのかかった背広の男が、霞ヶ関官庁街をトボトボと歩み去って行く後ろ姿。
コンソール前には浦山が座り、その脇で宗谷が手伝わされている。
浦山「はい、ここでテロップ、『そういって男は、ふたたび官庁街に消えた…』」
宗谷「(不本意そうに)…イン点、マークしました」[※映像や音響のデジタル編集コンソールでは、挿入開始フレームをIN点、挿入終了フレームをOUT点として機械に覚え込ませることができる]
時計は夜の11時。
モニターにカラーパターンが出てくる。
浦山「フーッ、こんなとこかな。さあ、焼肉でも食って社に帰るか(のびをしながら出口へ)」
○日比谷公園前の舗道・夜
浦山、腹をさすりながら歩いている。
宗谷、ベーカムの大きなテープケースを抱えて、元気なさそうに従っている。
浦山「なんだ、元気ないぞ。もっとビール飲みたかったか?」
宗谷「浦山さん…本当の取材って、あれがですか…?」
浦山「局への完パケ渡しまで2日で、どうやって本物の出歯亀の絵を撮る? あれしかないんだよ」
宗谷「でも、名前を使われた役所が、名誉毀損で訴えませんか?」
浦山「そんな心配はいらん。局の上の方と官僚とはツーカーなんだから。むこうも民放のフェイクと承知してるよ」
宗谷「みんなが官僚を叩くから僕たちも便乗して叩く。マスコミがそんなスタンスで、いいんでしょうか?」
浦山「それもテレビマンだろ。まあ悩むなって。(股間を押えて)…ちょっと、小便行ってくるわ」
○公園内の公衆トイレ
浦山が近付いていくと、トイレから一人の背広姿の痴漢が飛び出してくる。
その後からすぐ三人のOLが血相変えて出てくる。
OLたち「そいつ、痴漢よーっ! 誰かつかまえてよーっ!」
浦山、しかし走り過ぎる男の顔をジロリとながめただけで、後を追おうとはしない。
痴漢、少し走ったところで後ろを振り返る。
と、いきなり物陰からパンチを受けて転ぶ。
殴ったのは宗谷だ。
宗谷「痴漢をつかまえた! 浦山さ〜ん、会社に電話してカメラを、すぐにカメラを呼んでくださーいっ!」
浦山「(小走りにやってきて)バカ野郎、余計なことして、怪我したらどうすんだ。手を放せっ!」
宗谷「でも…こいつの絵を撮らないんですか? 本物の、高級官僚の痴漢野郎ですよ! ほら、郵政省の身分証明書だ!」
浦山「やめろ!(と宗谷を痴漢から強引に引き離す)」
痴漢「(うずくまって顔をかくし)それを返してくれ、出来心だ! 見逃してくれ〜っ!」
浦山「(身分証明書を片手に持ち)よし、じゃ『ケロヨ〜ン、バハハ〜イ、また見てね〜』といいながら前後に回転してみろ。そしたら許してやる!」
宗谷「せ、先輩…!?」
痴漢「本当だな? わかった、見ててくれ。『ケロヨ〜ン、バハハ〜イ…』と、…どうだっ?」
浦山「(身分証明書を投げてやり)…消えろ。ただし、オレたちがギロバチだってことは忘れるな」
痴漢、物も言わずに闇の中に走って消える。
浦山、何事も無かったかのように舗道の方へ歩き出す。
宗谷「(浦山に追いすがり)どうしてですかっ、浦山先輩!?」
浦山「オレたちは与えられた仕事はもうキッチリと終らせてるんだ。一文にもならん余計なことをするな」
宗谷「でも、こんなスクープは、きっと局のニュース部だって…!」
浦山「モノホンの郵政官僚のノゾキ屋の絵なんか、局がオンエアさせると思うか? そんなものを撮っちまった番組制作会社に、次にどの局から仕事の注文が来る?」
宗谷「うっ……!」
浦山「見たろう。今の日本はてっぺんから腐ってるんだ。もう誰がドブ掃除したって日本はダメなんだよ」
宗谷「(やや腹を立てて)分りました。じゃあ、僕もこれからは仕事をほどほどにこなして、せいぜい自分の趣味や彼女とのデートを優先しますよ」
浦山「(驚いて立ち止まり)宗谷、お前…彼女、いるのか?」
宗谷「(軽く)いますよ。まあ、大学のサークルで知り合ったんスけど…」
浦山、全身を震わせ、無言でグラサンの下からツーッと涙を流す。
宗谷「えっ…!? せ、先輩…?」
浦山「オレは、田舎から出てきて、東京でテレビマンになりさえすれば女は抱き放題かと思っていた。しかし仕事は毎日残業、しかも休日返上で、全身焼肉臭い。30にもなっていまだにぜんぜんそんなチャンスは訪れねえっ! それなのに、き、貴様は22にして……ああっ、うらやましいなぁ〜っ!(と、男泣きに泣き続ける)」
宗谷『…先輩にも、悩みはあったのか…』
と、突然、ダンプの轟音。
声「バカヤローっ、ちゃんと誘導しろ〜っ!」
声「すいませ〜ん」
工事用ダンプが電飾を皓皓と照らして通過していく。
宗谷、なにげに車道の方を透かし見る。
すると、道路工事現場で、宗谷の彼女の城椋哲子(22)が、いかにも慣れない警備員の格好でバイトをしている。
宗谷「(あまりの意外さに思わず息を呑み)あれっ、君…!?」
哲子「(ほぼ同時に宗谷に気づいて非常に驚きうろたえ)あっ、宗谷くん…!」
宗谷「哲子…こんなところで、こんな時間に、何を?」
両者、黙って突っ立っている。
(第1話おわり・第2話へつづく)