update:2006/10/4

没シナリオ大全集 Part 11

◎コメント

 このシナリオは、某社のマンガ企画のために、2006年の9月下旬の約半月を使い、特急で書き上げたものです。
 しかし担当編集者氏が気に入りませんでした。書き直してくれといわれましたが、わたしも他にやりたいことがあるため、時間とモチベーションの双方から無理だと判断し、このコーナーに提供します。
 担当編集者氏の欲している内容とは、「まわりの4カ国が核武装しているのだから、日本も核武装するのだ」という説明であるようです。
 大国の日本が核武装にふみきるという国際的に大きな影響が必至のイシューが、大衆雑誌レベルのいいかげんな世界認識に基づく、幼稚な自己都合の表明だけでクリアされて行くと考えているのでしょうか。そんな舌足らずの解説をマンガで宣伝していたら、日本の精神的な地位が下がるだけじゃないんですか?
 また皆さまご承知のように、兵頭は「北鮮は核武装などしていない」と前々から言い続けているわけです。しかしこの編集者氏はどうやら原作者のこれまでのオピニオンをフォローもしていないらしい。それでも企画を兵頭にまる投げしますというのならば結構だが、まる投げもできないというのであれば、もう別な人に書いてもらうことをお勧めするしかありますまい。
 わたくしの見ますところ、核武装すべきかどうかの国民の判断は、世界の現実が誘導してくれますので、べつに評論家が誘導しなくったって良いのです。評論家の仕事は、日本人の精神の中にある病気の指摘です。そこからさらに進んで、「パシフィスト」の婦女子をどう説得するか。これが、これから求められる作業だろうと思いますよ。
 さてところで、「ソ連の核に対するアメリカの傘」は、あったんでしょうか? これは「シナの核に対するアメリカの傘」よりは、リアルに日本の上にさしかけられていたと兵頭は考えます。米空軍と米海軍の日本国内の基地を、ソ連は「やるか、やられるか」の核戦争時に、無視することができませんでした。アメリカも、日本の経済力とソ連の核戦力の結合を阻止しなければならず、ソ連の日本に対する直接/間接侵略を黙過することはできなかったでしょう。
 ところがシナの核はアメリカにとってまだ現実的な脅威ではない。だからこそ、日本人は、シナが対日間接侵略の道具に核を使ってきた場合には、アメリカの傘をまったくあてにはできないのです。「シナが核武装しているから、日本も核武装する」という必然性を、不勉強な編集者氏も含め、すべての日本人が共有しませんことには、世界の核戦略エスタブリッシュメント達に対する大人の説得力として、まずゼロでしょう。

<日本核武装>の風景

原作/兵頭 二十八

○暗く無機質な廊下の隅(実は近代的な産院内・夜)

 廊下の隅、一人の男がポツンと事務用パイプ椅子に腰掛けて、床をじっと眺めている。
 深くうつむいたままの、会社帰りという服装の佐藤幸一(39才)。
 佐藤、フト顔を上げると、非常口案内灯の光がその横顔を照らす。
 佐藤の正面の廊下の壁にある大きな鉄製引き戸がガラガラと向こう側から引き開けられる。

看護婦「(無表情に)佐藤さん……?」

佐藤「ハイ」

看護婦「どうぞお入りください(と、背を向ける)」

佐藤「(呆然と)あ……はいっ(立ち上がる)」 

○扉の向こう側の室内

 空のベッドが4床ある、照明が暗く抑えられている妊婦の待機室の脇を、看護婦がスタスタと通り抜けていく。佐藤はその後を追う。
 前方に、非常に明るい部屋が見え、光り輝いている。分娩室である。

声「イタタタ……!」

声「あと少しですからね!」

○分娩室

 中央の分娩台に佐藤の妻・みのり(35)が仰臥し、脂汗を流して苦悶中。
 室内にはいろいろな電子的モニター、薬品の壜、手術器具など。
 分娩室の後方には新生児室への出入り口が通じており、ガラス窓越しに、その新生児室の新生児の様子が一部、見える。
 医師と助産婦が二人がかりでもうすぐ取り上げようとしているところに佐藤がとまどいの表情で入ってくる。

助産婦「がんばって、もう一回いきんで、ハイ!」

看護婦「(みのりの汗を拭いて)奥さん、だんなさんが来ましたよ」

佐藤「(その汗拭きを受け取り、みのりの頭の上から目を覗き込んで)みのり……、ここにいるからな!」

みのり「(さいごのふんばり)う〜〜ん!」

医師「(何かを助産婦に手渡しながら淡々と)ご主人、まだこちら側には来ないでくださいね」

佐藤「エッ……もう産まれた…ん…ですか?」

医師「(看護婦に小声で)午後9時37分」

 看護婦、カルテに時刻を書き込む。
 みのりは荒く息をついでいる。
 助産婦は嬰児を抱いて新生児室へ行ってしまう。

佐藤「……!」

 佐藤の感動の表情に、おくるみに包まれた子供の泣き顔、達成感と激しい疲労の混ざった妻の顔、などのコラージュ。

○十数分時間経過・産院一階の、誰もいない暗い広い待合室

 壁の時計の針は夜の10時過ぎを指している。
 「0歳児の予防注射について」などといったポスターが複数、そこここの壁に貼られている。
 自動販売機と非常口案内灯だけが明るく、他はまっ暗に近い。
 「××レディスクリニック」と裏文字のペイントが読めるガラス越しに、夜の大都会の景色が見えている。通行車両のライトが遠く近く、交差している。
 佐藤はそのガラスに正対し、病院すぐ前の道路での夜間工事の模様を見るともなしに眺めつつ、田舎の実家に携帯電話をかけているところ。

佐藤「あ、お袋? オレだよ、幸一。生まれたサ、9時37分! ……そう女の……」

 とつぜん、目をあけられないくらいのまぶしい閃光。
 広い無人の待合室が昼間のように見え、さらにフラッシュオーバーで真っ白に。
 ガラスが割れて粒状になって飛散する。
 佐藤、思わず床に倒れる。

○夜の街の俯瞰

 まるで原爆の爆発のようにも見える「きのこ雲もどき」が立ち昇っており、下のほうでは炎が渦巻いている感じ。
 ドーンという大きな響き。

○翌日の午前・都内の高架道路沿いに達つ、中堅ゼネコンの10階建てカーテンウォール構造の自社ビル・全景

 高架道路上には車が数珠つなぎに走っており、平和な日常と分る。
 ビルの「チューケン建設」という社名ロゴの入った看板、プレートなどが読める。
 その玄関にはリーマン、OLが普通に出入りしている。

○同ビル内の某フロア
 高架道路の見えるカーテンウォールを背にして佐藤の上司の岸田(47)がワイシャツ姿で椅子にふんぞりかえり、新聞を大きく広げて読んでいる。
 机上には「岸田太作」のネームプレート。
 新聞の大見出しには、「東京大田区の工事現場で不発弾爆発」。中見出し:「作業員2人死亡、12人が大火傷」。小見出し:「第二次大戦中の大型焼夷弾か?」。

岸田「(新聞をパタッと伏せて)佐藤、たいへんだったな。奥さんは無事か?」

 立って紙コップのコーヒーをすすっている佐藤は額に絆創膏を張っている。

佐藤「いやもう産院じゅう大騒ぎでしたよ。どっかの国の核ミサイルが落ちたんじゃないかってね。ハハハ……」

岸田「(腰を浮かせ、椅子にかけていた自分の背広を掴み)通行人や近隣さんに大きな被害が出なかったのが救いだな。オレたちゼネコンには他人事じゃない」

佐藤「ウチのカミさんはボンヤリしてましたが、今日が予定日の人なんかは冗談じゃないと思いますよ。ホントにムカツキますよ」

岸田「寝不足のところ朝からすまんがな、佐藤。今日は予定を変更して、地下駐車場へ来てくれ。五分後にな(と、自分は悠然とどこかへ歩み去る)」

佐藤「(怪訝そうに)はい、部長……」

○チューケン建設ビルの地階・駐車場

 佐藤がキョロキョロしながら、柱の林立する駐車場のまんなかを歩いてくる。

佐藤『部長はどの車で出かけるつもりなんだろう……って、もう五分過ぎてるし?』

 急に、柱の陰から専務の仁科(59)が現れる。

佐藤「(ギクッとして)あっ……おはようございます、せ、専務!」

仁科「佐藤主任だね。今日は昼すぎまで僕につきあってもらうよ」

佐藤「ええっ? あの……岸田部長がまだ……」

仁科「彼は来ない。さあ、こっちだ(と駐車場の壁の目的不明の鉄トビラを開けていざなう)」

 トビラの裏側には暗がりが広がっている。直径数mもある巨大な集合配管がある。その脇は点検用の通路になっている。

佐藤「(入って驚く)このトビラの裏はこんなふうに……今日まで知らなかったんですけど……」

 きしみ音とともに鉄トビラが閉められ、音が反響する。

仁科「(手にした懐中電灯をかざし、佐藤に顔を近づけ)当プロジェクトの相談は、常に上司と部下が「一対一」の場でする。三人以上いる所では、プロジェクトの名すら口に出すことを禁ずる」

佐藤「は……はあ? あの……「プロジェクト」って?」

仁科「(暗がりの中を歩いて行く)キミがこのきまりを破れば、岸田部長はそれを私に報告し、キミはクビだ。お嬢ちゃんは0カ月。奥さんは緑内障だそうだね? マンションのローンは確か……」

佐藤「ちょ、ちょっと待ってください!」

仁科「……つまり昨日からキミにはじゅうぶんな「信用」ができたのだよ(バチンと壁の配電盤のスイッチを入れる)」

 トンネル内に照明が点灯する。ものすごく長い斜坑(スロープ)で、中央に巨大な集合配管。「大深度地下集合配管・首都×××−×××号」という小さなマーキングも読める。その脇は点検用通路。奥には分岐点や壁の鉄扉もいくつか。
 他に、側溝、天井の配線なども見える。
 すぐ近くに小型の電動カートが置かれている。

仁科「乗りたまえ。この先が少し長い」

○黒バック・少し時間経過

佐藤の声「……ええっ、耐核[たいかく]チューブ? まさかその「核」って……核戦争のことっすか!?」

○狭いトンネル内を静かに進むカートの上

仁科「(運転しながら)(東京大空襲のイメージがバックにダブる)意外かね、防災工学の素人ではないキミが? 関東大震災のあと、行政が、日本の都市を不燃化させていたなら、第二次大戦の空襲被害は十分の一で済んだはずじゃないか」

佐藤「でも専務、広島の爆心の「原爆ドーム」は、あのとおりの廃墟ですが……」

仁科「(前を向いたまま)建物は蒸発したかい? 天井は壊れた。が、壁は今も残っている。あそこから150m離れたビルの地下一階にいた人が一九八三年まで健康に生存したよ。シェルターは有意義だ」

佐藤「でも……今はもっと破壊力のある水爆の時代です」

仁科「(爆発事故時のデジャブがバックにダブる)昨晩、キミは病院で事故に遭遇したね? もしあれが特殊な焼夷弾[しよういだん](*)でなく普通の爆弾(*)で、大怪我をしたとしよう。キミは、子供と奥さんを放置したか?」

(*)欄外註:少量の火薬と、火事を起こさせる燃料をたくさんつめた爆弾のことで、第二次大戦中にアメリカ軍はさまざまな型式のものを日本に投下した。ただし戦後、大型焼夷弾の不発弾が大爆発した例はありません。

(*)欄外註:主としてTNT炸薬が充填されている投下爆弾。衝撃波と高速鉄片によって人を殺傷する。

佐藤「(新生児室にかけつけた昨夜の自分の姿がバックにダブる)まさか…! 死んでも家族は守りますっ!」

仁科「新総理の考えもキミと変わらんのだ。異常な外国が核ミサイルを発射したときに、その威力が大きいことは、日本国民の退避・生存方法を考えないで良い理由には、ぜんぜんならないだろう?」

佐藤「……!!」

 そのとき、カートがある空間の脇を通過する。
 暗がりでよく見えないが、倉庫のようなスペースで、その中に、おびただしい数の鉄製のベッドや、赤十字マーク付きのコンテナが、整然と、うずたかく積み上げられている。

仁科「これは東京がミサイル攻撃されたとき、地下鉄その他に治療所を設けるための資材だ。ロンドンでは第二次大戦前からこのくらいの準備はすませていた」

 カートは倉庫のスペースを通過する。

佐藤「……!!」

仁科「私の父は一九四五年八月九日の長崎にいた。その二年後に私が生まれた。長崎原爆の威力は広島の一・八倍あった。しかし長崎の火災発生面積は広島の四分の一。死者は三分の一だよ。核兵器の危害力は、受ける側の条件しだいで変わるもんだ」


【挿入解説文】●核兵器と通常兵器の違い

 広島の原爆と同じ破壊殺傷は、TNT爆薬325トンと、焼夷弾1000トンを使えば再現できるだろう、と計算されています(米原子力委員会編『THE EFFECTS OF ATOMIC WEAPON』1951年3月邦訳版)。しかし当時の爆撃機はいちどに7トンの爆弾しか運べませんでしたから、それはとても即興的にはなしえない規模でしょう。
 1975年から1978年にかけ、中国の支援をうけてカンボジアを支配したポルポト政権は、自国民を200万人以上も虐殺しています。使われた武器は小銃だけです(この虐殺を告発した1984年のアメリカ映画『キリング・フィールド』の主演俳優は1996年にロサンゼルスの自宅前で何者かに銃で暗殺された)。何年も時間をかけるのであれば、小銃だけでも数百万人もの虐殺ができるでしょう。
 第二次大戦中、ドイツはイギリス軍とアメリカ軍の爆撃機により、約3年間に170万トンの爆弾を落とされ、30万5000人の死者を出しました。ちなみにドイツには、原爆は落とされていません。
 そしてやはり1941年から1945年にかけ、日本はアメリカと大きな戦争をし、激しく爆撃されました。
 日本がアメリカに降伏することを決定したすぐあとの1945年8月24日に「防空総本部」が発表した統計があります。アメリカ軍が投下した爆弾による日本本土内の総死者数は26万人で、そのうち2発の原子爆弾によるものは、あわせて9万人でした。
 26万から9万を引いた残りの17万人は、通常爆弾(普通の爆弾や、焼夷弾)による被害者。さらにそのなかの10万8000人は、1945年3月10日の「東京大空襲」による都民の死者だった──と見積もられました。
 (即死しなかった数を加えると、広島の死者は14万人になったとする計算もあります。また1970年に発足した「東京空襲を記録する会」の早乙女勝元氏は、広島と長崎の2発の原爆および3月10日の東京大空襲を除いた「それ以外の空襲損害」で10万人が殺されたと、おおよそ見積もることが可能だと結論しました。)
 つまり、通常兵器でも、核兵器以上の危害を、大都市の住民に与えることは可能です。が、それには、とてつもない大がかりな準備の作業を必要とするのです。「東京大空襲」の場合、1700トンの焼夷弾を運搬するために、三百数十機のB-29重爆撃機を飛ばさねばなりませんでした。とうぜん、攻撃する側の人的・物的コストも大きく、東京大空襲ではB-29が12機撃墜され、42機は大破してスクラップになったのです。また、もし日本の都市がベルリンやロンドン並に不燃化されていたなら、東京大空襲と同じ損害を与えるのに、アメリカ軍はその数倍のB-29を集めて飛ばさなければならなかったでしょう。(日本全体では、ドイツの十一分の一の16万トンの通常爆弾を落とされただけですのに、都市が可燃であったために、ドイツと大差のない被害規模になってしまった。)
 これに対し、現代の核兵器(原水爆)による攻撃は、大規模な準備作業を必要としません。実行命令が出されたら、そくざに実行されます。準備が簡単であることは、「即興的[そつきようてき]」に使用命令が出される可能性を生むでしょう。
 しかも、それが都市に対して使用されれば、何万人も殺されることは確実なのです。そのように各国からみなされている兵器は、今日でも、核兵器だけです。たとえば毒ガスや、病原体などを用いる特殊兵器は、非常に複雑な直前の準備を必要とし、しかも負傷者数に比べて死者数が少なかったり(松本サリン事件では死者7名、地下鉄サリン事件では死者12名)、効果が出るのに長い時間を要したり、あるいはほとんど効かなかったりします(松本サリン事件では、障子1枚だけ閉めて寝ていた世帯が、無事だった)。
 核攻撃の特徴は、地上にいる住民に逃げる暇がほとんど与えられないことです。核以外の空襲では、逃げる暇があります。じじつ、東京大空襲での単位面積あたりの死者数は、広島の三分の一、長崎の四分の一で済んでいます。

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