地獄の骨男(仮題)
没シナリオ大全集 part 2
■ホネ……第1話・粗案
(リライト・1997.5.22)/兵頭二十八
○《※冒頭、大手門化学の俯瞰的紹介2ページ分略す》
○大手門化学・法務部室内
部長・若小路が、最も若い社員である花咲と寺沢の肩を叩いて、仕事の成功を祝福している。
若小路「新人なのによくやったな、花咲君に寺沢君。私が部長就任後、初の勝訴が難しいPL法だとはねえ。これで役員会でも鼻が高いよ」
花咲「(謙遜して)いいえ若小路部長、僕達なんかまだ駆け出しで…」
寺沢「うまくやれたのは、みんな中骨さんのご指導のおかげなんです」
若小路「(急に不快な顔色になって)なに、中骨だと……?」
3人の視線が窓際に集中する。
そこには、ひとりだけポツンと離れた席を設けられた中骨が、段ボール1個分の、うずたかく積み上げられた封筒に、住所のゴム判を押すという単純作業を続けている。
中骨の机の上には、現在入院中の年上妻の、相当昔の写真が飾ってある。
若小路「あそこでゴム判押しをやらせている、わが法務部のお荷物であるあの男に、君たちは余計なアドバイスを求めたのかね?」
花咲「中骨さんはお荷物なんかじゃありません! わが大手門化学法務部の生き字引なんですから」
寺沢「そうです、若小路部長は去年、資材課長から抜擢されてこの部にいらしたばかりだから御存知ないんですわ」
若小路「黙りたまえ!」
※以下、若小路のリストラおよび老人に対する価値観を説明する2ページ分を省略。
−−−−−−−−−−−−中略−−−−−−−−−−−−−
○法務部室
フルフェイスヘルメットを被った特別高速バイク便の若者が文書を受け取りに入ってくる。
バイク便の若者は「携帯の調子が悪くて遅れました」という。
若小路は「困るね、すぐ連絡がつかないようじゃ」といいながら、中骨に、「君の近くにあるコバルト色の封筒を渡してやってくれ」と指示する。
中骨は青色の封筒をとって、「これですね」と若小路に確認。
若小路、そちらを見ずに「コバルト色のだ」と繰り返す。
バイク便は「ここにサインを」と、中骨にサインをさせて、「××社の△△研究所ですね、では行ってきます」と、その封筒を持って出て行く。
その直後、若小路は「ああっ、君は何てことをしてくれたんだ、中骨!」と騒ぎだす。
そして、書類の一番下の見えにくいところから別の良く似た青い色の封筒を抜きだし、「これがコバルトブルーの封筒じゃないか。君は間違ってプルシアンブルーの封筒を渡してしまった。生き字引だというから、染料のそんな基本的な取り違えはしないだろうと思ったのに!」「歳をとると目が衰え、特に青系の色合いが見分けにくくなるというが」とイヤミたっぷり、聞こえよがしに。
見かねて花咲飛びだし、「いったいバイク便に手渡したという書類は何だったのです?」
若小路「あれはわが社の開発部が先頃完成した新素材の特許出願書類の一部だよ。それをよりによってライバル会社に送り付けてしまったのだ、この耄碌じじいは!」
驚く一同。
若小路「この責任をどう取るのだ、中骨君。辞表だ、今すぐ辞表を書きたまえ!」
寺沢「すぐバイク便の人に電話をかけて取り返しましょう」
若小路「ムダだ、あのバイク便の携帯電話は今日は壊れていてつながらないのだ」
「ああ、もうだめだ、会社にかける損害は何十億、いや、何百億になるか」
中骨「取り返してきます。タクシーで追いかけます」
と、そこへ区立中央病院から電話があり、中骨の妻が心臓発作を起こしたから、至急来てくれ、という電話を寺沢が受け、廊下に走り出た中骨に伝える。
中骨「(寺沢に)わかった、あとで様子を見に行く。それから、私の妻が重病で入院していることは、部長には内密に頼む」
と、中骨、後ろ髪を引かれる思いで表に飛び出す。
中骨『ここで俺がクビになれば、おまえの入院費用だって払えなくなるのだ。妻よ、許してくれ!』
※以下、中盤の追いかけシーンが連続する。時々、病院で危篤に陥っている妻の様子を想像する中骨の心象が挿入される。
××社△△研究所というのは神奈川の田舎で、一山越えた向こうにあるらしい。
先回りコースの見当をつけた中骨は、自転車ごと地下鉄に飛び乗り、地上に出たあと、橋の上からバンジージャンプして下を通りかかった高速プレジャーボートに飛び移り、海岸の高速道路によじのぼり、ちょうど行き先が同じ大型トレーラーをヒッチハイクして山の中に入る。
そこでメチャクチャに飛ばさせたところ、やっと相手のオートバイに追い付きそうになるが、トレーラーがファンベルトが切れてオーバーヒートしてしまう。
やむなく中骨は近くの材木運搬用の索道にチェーンをひっかけ、一挙に谷を滑り渡ろうとする。途中でチェーンが焼き切れて墜落するが、なんとかルートをショートカットして、オートバイの前に出る。
中骨、道の真ん中で手を振って必死にオートバイを止めようとする。
オートバイ、あきらかに中骨に気づいているのに、すり抜けて走り去ってしまう。
カラスが鳴く。
中骨、ガックリと道に横たわる。
中骨、妻の名を呼び、自分を責める。
中骨、ふと顔をあげる。
オートバイの青年、フルフェイスヘルメットを被ったまま、封筒を手にして立っている。いつの間にか戻って来ていたのだ。
中骨「(弱々しく)か、返してくれ。その書類は、君に渡してはいけないものだったんだ…」
宅配「あいつよ、あんたの上司なんだろ、あの、若小路とか…」
中骨「そ、そうだが…?」
宅配青年、封筒を投げ渡す。
中骨「…?」
宅配「実はカネ貰って頼まれたんだよ。携帯が通じないふりをして、あんたを死ぬほど走らせて、最後は振り切ってくれってな。けどその調子じゃ、あんた本当に死んじまいそうだからよ(と、走り去る)」
中骨「(山の中に取り残され呆然と)若小路部長…そんなにまでして私をリストラしたいのか…」
○大手門化学・法務部内・夕方
いきなり机の上にふりそそぐ、白いコピー用紙の束。
机は若小路の席。
若小路、パソコンのキーボードを操作する手を止め、ゆっくりと顔を向ける。
肩で息をしながら立っているボロボロの外見の中骨と目が合う。
若小路を睨み据えているその表情は、必死で怒りの爆発をこらえている。
若小路「(何でもないように)神経痛の持病か? コピー用紙を落としたぞ」
中骨「(ブルブルと身を震わせながら)あなたの大事な書類を取り戻して参ったんですが…」
若小路「えらく時間がかかったねえ。もう5時前だよ、君(と、またパソコンモニターに向き直ろうとする)」
中骨「(空にした封筒を突き付け)若小路部長、中身は全部白紙だ! いったいこれは、どういうことなんですかっ!?」
若小路「(面倒くさそうに)うんそれね、間違いだったんだ。問題の書類は、誰かがコピー機のところに忘れていたのを、寺沢が見つけてくれたよ。君じゃないのか、最近耄碌してるようだから? ハハハ…」
若小路、中骨の取り戻してきた封筒をおもむろにシュレッダーに突っ込み、またクルリと背を向けてパソコンに向かう。
封筒がシュレッダーに少しづつ呑み込まれていくのを黙ってじっと見ている中骨。
若小路は左手でかかってきた電話をとり、右手はキーボード操作を続けたままで、応対し始める。
若小路「…はい、そうですが。…ああ、どうも、お世話になっております。…そうですか…はい、かしこまりました。左様伝えておきます…」
中骨『(話している若小路の後頭部を凝視しながら)殺す…! こいつをブチ殺して、こんな職場には俺の方からサヨナラしてやる。どうせ…病院の良子も今頃はもう…!』
中骨、まったく中骨に気づかない若小路の背で、花の生けられていない花瓶を逆手に握りしめ、ゆっくりと振り上げようとする。
一瞬、周囲の風景が歪む。
中骨『あんたが欲しがってる俺の辞表を、いま出してやろう! その脳天でしっかり受け取るがいい、若小……』
若小路、受話器を置いて急に振り向く。
小心者の中骨、慌てて花瓶を背中に隠す。
若小路「オッ、なんだまだそこにいたのか。いま君の奥さんから電話を貰った。もう心配はいらないということだが、君の奥さん、どうかしてたのか?」
中骨、絶句する。
中骨『それじゃ、容体が持ち直したんだ…それも自分で電話をかけられるほどに! 神様…!』
若小路「オイどうした。そろそろ耳も遠くなったんじゃないだろうな」
中骨『(ハッとして)ということは……まだまだ入院費を俺が稼いでやらにゃならんぞ…!』
中骨「いえ、なんでもありません。どうも有難うございます」
若小路「有難うごさいますじゃないよ。早く窓際の君の席に戻りたまえ。ゴム判は全部押し終ったのか?」
中骨「い、いえ、まだです。申し訳ございません。し、失礼します!」
中骨、深々と礼をして、花瓶はズボンの中に押し込んで、オフィスの出口へ。
若小路『…チッ、しぶといやつだ。また次の方法でも考えるか…』
○廊下
小走りにトイレに向かう中骨。
中骨「(嬉し泣きをしながら)少し水が入っていたか」
中骨の股間は花瓶の残り水で濡れていて、まるで老人が失禁したようである。
廊下を通行する若い男女社員がそれをジロジロと見送るなか、中骨、男子トイレへかけこむ。
○男子トイレ
俯瞰。
中骨「神様、有難うございます! 良子が退院するまでは、何があっても辞めないぞ〜〜っ!」
第1話−完−
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