地獄の骨男(仮題)

没シナリオ大全集 part 2


第一エピソード


○ホテル全景
 窓という窓から黒煙を吹き上げているホテル。
 ホテルの中からバラバラと飛び出して来たのは、ほとんどが、タチの悪そうな“自警団”の男達。
 自警団は全員、腰のベルトに警棒と拳銃を携帯し、数人の手にはポンプ式のショットガンも。

自警団員#1「時限発火装置だ!」

自警団員#2「自警団の集会を狙った山賊の仕業だ!」

自警団員#3「オーナーのロドリゴさんに連絡をとれ!」

○道路脇の叢林
 ススだらけの手が木の枝を掴む。
 むっくりと立ち上がったのは、爆風でほとんど裸同然となった中骨。

中骨「(我が身を見て)…大変だ…このスーツは経費じゃ落とせんぞ!」

○ホテル前の道路

自警団員#1「(野次馬の農夫#1を掴まえて) おいお前、このバケツを持って火を消すんだ!」

農夫#1「へ、へい…」

自警団員#2「(やはり野次馬の農夫#2を掴まえて) お前は中から家財道具を運び出せ!」

農夫#2「えっ、あんな煙だらけの中へ…勘弁して下せえ」

自警団員#2「自警団に逆らうのか、この水呑み百姓が! (と殴る)」

 地面に這いつくばる農夫#2。

自警団員#3「(一枚の命令書をかざしながら) ここに命令書がある。いいか、火事の時は、われわれ自警団の指揮に従わなければならないんだ!」

 自警団員#2、農夫#2を蹴飛ばして作業に赴かせている。
 中骨、野次馬に加わって遠巻きに見ている。

中骨『命令書とか言っているようだ…一体どこがそんなものを発行しているんだ?』

 中骨、何者かに腕をグイと掴まれる。
 振り向くと、自警団員#4がいる。

自警団員#4「お前も来て手伝え、浮浪者! 小遣いくらいはやる (と、引っ張って行く)」

中骨「ちょ、ちょっと待ってくれ! 私は日本のビジネスマンで…あっ、スペイン語では、えーと…?」

自警団員#4「乞食のなりして一人前の文句か、おい?(と、警棒で乱暴に喉を締め上げる)」

中骨「わかった、いや、わからんが…とにかく離してくれ…!(と、引っ張られていく)」

 いつの間にか十数人の農夫が、バケツリレーと、家具調度品の搬出作業に従事させられている。
 自警団員たちは、警棒やショットガンを振り回して作業を指揮監督するのみ。
 その農夫達の列の最後尾から二人目に、中骨もつかされる。

中骨「(近くに来た自警団員#3をつかまえて) ちょっとあんた、その命令書とやらをよく見せろ」

自警団員#3「ヘッ、スペイン語もロクに話せん流れ者が (と、嘲笑しながらも、ぞんざいに見せてやる)」

 中骨、自警団員#3の持っている命令書を素早く読み始める。

中骨『これは…一個人の勝手な私物命令だぞ…発行しているのは…』

 一番下のサイン欄に、“Pedro Rodorigo”の自署がある。

中骨『ペドロ・ロドリゴ…? 私が話合いに来た当の相手じゃないか!』

自警団員#4「(中骨の背中を突き飛ばし) ほれ、荷物の搬出だよ!」

 よろめく中骨を、後ろに並んでいた農夫・モラレス(25)が支える。

モラレス「(小声で) あんた、余所者だね。ロドリゴさんはこの開拓地最大の地主さ」

中骨「君は?」

モラレス「モラレス。南のコーヒー農園で働いてる」

○くすぶるホテル内
 駆り出された農夫たちが、豪華な調度品を蟻のように搬出している。
 モラレスと中骨の組は、彼らには加わらず、キッチンに入る。
 壁の食器棚一杯に、銀食器が並んでいる。

中骨「すごい銀食器だ…」

モラレス「こいつを運び出す。手際良く木箱に詰めるんだ」

中骨「わ、わかった…」

モラレス「(中骨とともに銀器を木箱に詰めながら)…南米の開拓地では、ロドリゴのような大地主の権力が一番強いんだ」

中骨「一体、あの警棒を持った男たちは?」

モラレス「ロドリゴの作った“自警団”さ。中にゃ数人の警官もいらあ」

中骨「えっ、警官までがロドリゴの手兵なのか?」

モラレス「そうさ。だから逆らったら射殺されるだけだ。そっちを持ちな」

 と、銀食器を詰め終えたモラレス、箱の一端を中骨に持たせる。

中骨『ううっ…ここでギックリ腰になったら、医師の診断書は手に入るかなあ…(と、持ち上げる)』

○ホテルの外・夕方
 火は鎮火し、白煙が出ている。
 自警団の指図で、農民たち、ホテル前の道路に家具類を積み上げている。

自警団員#1「もっとテキパキ運べ〜っ! 日が暮れちまうぞ!」

 中骨、箱をその家具の山の方に持って行こうとすると、モラレスは違う方向に引っ張る。

中骨「…?」

モラレス「こっちだ。黙ってついて来な」

○ジャングルの中・薄暮
 道なき道を、重い箱を運んでいく中骨とモラレス。

中骨『(心配そうに周囲を見回しながら) 法的根拠のない自警団も言語道断だが…このモラレスとかいう農夫も何者なんだ…?』

モラレス「もうすぐつく」

○川岸
 急に視界が開ける。

中骨「おおっ…!」

 そこはコロンビア国内のアマゾン支流の一つ。
 川岸に大きな筏が接岸しており、他の農夫がホテルから運び出した金目の家財道具が積み込まれようとしている。

モラレス「(箱を下に降ろし) 驚いたかい? この支流はアマゾン河上流に注いでいて、筏で下ればブラジル国境だ」

 筏に移されずに岸に野積みされている物資の中に、手動タイプライター、電気掃除機、その他の電化製品が見える。

中骨「この野積みの品物は…?」

モラレス「電化製品は奥地では人気がなくてね」

中骨「このタイプライターは?」

モラレス「スペイン語のタイプライターをブラジル人が買ってどうする。ポルトガル語とは活字が違うんだぞ」

中骨「それじゃ…君達がこのあたりの…山賊…なのか!?」

モラレス「まあロドリゴはそう呼ぶが、オレたち農民が開拓した土地や財産を、ならずものの自警団を使って強奪したのは、ロドリゴの方だ」

中骨「でも、ホテルに放火するなんて…犯罪じゃないか」

モラレス「おれたちは盗られたものを盗り返そうとしているだけだ。あのホテルもロドリゴが無届けで営業してる違法建築だぜ」

 中骨らが運んできた箱も、他の農夫たちによって筏へと移される。

中骨『モラレスの話には真実味がある…すると、粉末乾燥装置のメンテナンス要員を脅したのも、実は山賊に扮したロドリゴの手下たちだったのか…!?』

モラレス「まだ疑ってるようだな。オレたちが泥棒でない証拠に…」

 と、モラレス、中骨に泥だらけの旅行鞄を手渡す。

中骨「おお、私の旅行鞄だ!」

モラレス「あんたも、盗られたものは、盗り返すこった。そういや、コーヒー園の北に行くと、いつも何かブンブンうなる音が聞こえるなあ…」

中骨「モラレス…君は私の目的まで…」

モラレス「(くるりと背を向け) さあて、ねぐらに帰るか」

 その間に、筏、荷物を満載して下流に去って行く。
 他の農民たち、いずこともなく消え去る。

○翌早朝・ロドリゴのコーヒー園
 朝靄の立ち篭めるコーヒー園。
 相変わらずボロを着ている中骨、現地民の帽子を目深にかぶり、杖をつき、足をひきずりながら現れる。

中骨「あしびきの〜ゥ、山川の瀬の鳴るなへにィ〜、弓月が岳に雲立ちわたるゥ〜」

 中骨、立ち止まる。

中骨「山の枕詞である『足曳き』…。いま異郷の山中をさまよう身となって、初めて万葉の歌の心が実感できた…。東京に帰ったら良子にも話してやろう…」

 中骨、腰を延ばして、辺りを見回す。

中骨「それにしても、これ全部がロドリゴのコーヒー園か…。北側だけでもえらい広さだ」

中骨『モラレスは、盗られたものは盗りかえせ、と言った。が、コロンビアだって文明国だ。私はあくまで法の正義に訴えて、問題を解決するぞ』

○時間経過

声(中骨)「あしびきの〜ゥ…」

 と、中骨、またヨロヨロと現れる。

中骨「(疲れ切った様子で足を止め) どこだ…粉末乾燥装置は一体どこに?」

 と、中骨、コーヒーの木の根元に腰を降ろす。
 が、中骨の頭のすぐ上で、何かが動いている。

中骨「…?」

 良く見ると、腕より太いアナコンダが木の幹に巻き付いている。

中骨「わ、わーっ!(と、杖も捨て、100m選手のように疾走する)」

○時間経過
 走ってきた中骨、立ち止まり、ゼイゼイ息をつく。

中骨「わ、私は『野性の王国』のパーキンス教授じゃないぞ! あんなモンに巻き付かれたらひとたまりもあるものか!」

 ふと前を見ると、木杭と蛇腹式鉄条網による結界に出くわす。

中骨「…!」

 ブンブン…というモーターノイズがかすかに聞こえる。

中骨「あれは、粉末乾燥機のモーターの音…!」

 結界には警告表示がある。

中骨「(警告を読んで)『この中に立ち入る者、命の保障せず/P・ロドリゴ』…ここだ!」

 中骨、あたりを見回し、鉄条網の隙間から這って侵入を試みる。
 バラ線の刺がボロ服にひっかかり、更にカギ裂きができたりする。

中骨「イテテテ…」

 顔も泥だらけになる。

中骨『ああ、私は南米まできて何をしているのだ…』

 しかし中骨、なんとか結界を突破する。
 すっくと立上りホコリを払う中骨。

中骨『いいや、これも私と良子のため…!」

 見上げると、入道雲。
 拳を握り締めて深呼吸する中骨。

○麻薬密造所・時間経過
 密林内の開けたところに、コカの葉がいくつも山積みされている。
 その山の間から、そっと顔を出して覗き見る中骨。

中骨「とうとう物件を特定したぞ! これで、たとえ裁判になっても争いやすくなる。あとは誠心誠意の交渉あるのみだ」

 前をみると、トタン葺きの大きな納屋のようなものがいくつかあり、そのひとつに、粉末乾燥装置が置かれている。
 ロドリゴに雇われている多数の労働者たちが黙々と立ち働き、麻袋のようなものを粉末乾燥装置のホッパーに投入している。

中骨「よし、いそいで現況の撮影を…」

 中骨、頭陀袋からポラロイドカメラを取り出して、狙いをつける。

○ファインダー越しの視野
 労務者たちが乾燥繊維のようなものをホッパーに投入している。

中骨『何だろう、大豆油の絞り粕じゃないな。だいたいこの辺りに大豆畑は見当たらないし…』

 シャッターを切る音。

○中骨の位置

中骨「(すぐそばにある乾燥したコカの葉をつまんで)…あるのはこの雑木の落葉だけだ…」

 中骨、ハッと思い当たる。

中骨「…これは、もしかして…!」

 中骨、ふたたびカメラを構える。

○ロドリゴの豪邸・俯瞰・同日午後
 大ジャングルの中に浮かぶ島のように、やたらに広い庭園が啓かれている。
 その庭園の中央に、地中海風の屋敷がある。
 外門と玄関の車寄せの間は、300mものS字にカーブした道路で結ばれている。

○ロドリゴの邸内・客間
 スペイン風の中庭に面した、応接セットのある部屋。
 贅を尽くした内装と装飾品の数々。

声(ロドリゴ)「東京から遠路はるばるご苦労なことですな、ナカホネさん」

 下座に中骨、ツギツギだらけのみっともないスーツを着て、端座している。

ロドリゴ(50)「(秘書を伴い、上座に着席して) 私が、このあたりにかくれもないコーヒー農園主、ロドリゴです」

中骨「(一礼して) 本日は、弊社が昨年納入致しました機械の未納代金について、ご相談に参りました」

ロドリゴ「あの粉末乾燥装置なら、大手門化学がメンテナンス契約を破ったために、当農園は大きな損害を蒙った。だから御社がその損害を賠償するまで、担保として機械は預かっている」

中骨「では、損害賠償訴訟を起こされるおつもりで?」

ロドリゴ「話合いにも応じるよ。賠償額は機械代金の半額。プラス、日本までの輸送費を君たちが負担すれば、いつでも機械は返そう」

中骨「なっ…」

中骨『それじゃ、機械をタダでくれてやるよりも高くついてしまう…!』

ロドリゴ「(中骨の様子を見て) どうやら話合いは不成立のようですな。では引き続き機械は預かるまでだ (と、立上りかける)」

中骨「待ってください! 契約書には、『…注意書きに従わず、違法な用途、あるいは公害をもたらすような方法で操業された場合には、大手門化学はアフターサービスの義務を解除される』という条項があります」

ロドリゴ「…ほう? だから?」

中骨「つまり、あなたには残金を支払う債務があります」

ロドリゴ「何を言う! 違法な用途で操業などと…あの機械は農園の片隅でシートをかぶったままだ」

中骨「これは今朝、私自身が撮影したうちの一枚ですが…」

 と、中骨、ポラロイド写真を一枚、机の上に置く。

ロドリゴ「うっ…」

中骨「あなたは私どもの機械をちゃんと使いこなしておられるじゃないですか。しかも、契約した使用目的の肥料製造ではなく、コカインの精製という違法な用途に…」

ロドリゴ「(不機嫌に押し黙る)…」

中骨「この通り証拠写真も揃っていますから、もし裁判になれば私どもの勝ちですよ」

ロドリゴ『…じじいと思って甘く見た…こんな事実を公表されては、政府は軍の力を借りてわしの農園を潰しに来るだろう…』

中骨「当社もこうして条理を尽くしているのです。こんどはあなたが誠意を示して下さる番では…ロドリゴさん?」

ロドリゴ「(破顔一笑して) いやっはっは、ナカホネさん、こりゃ私の農園監督が勝手にやったこと。無論すぐに止めさせますが、面目ない!」

中骨「それじゃ、残金は…」

ロドリゴ「ええ、ええ。小切手帳を取ってきますよ。ま、冷たい物でもグイッとやって、暫くお待ちをいただけますかな (と、席を立つ)」

 ロドリゴ、秘書を促して隣室に消える。

中骨『(ホッと溜息をつき) 紳士的な話合いで一件落着しそうだ。やはり法律こそ正義なんだ…』

 中骨、テーブル上のジュースを飲み干す。
 中骨、急に何かに気付いたように、

中骨「…と思ったら催してきたぞ! さすがに緊張したからな…(と、トイレを探す目付きで立ち上がる)』

○ロドリゴ邸内の長い廊下
自動拳銃やナイフなどを持った自警団数人が、ロドリゴから命令を受けている。

自警団員#1「それじゃ、その日本人のじじい一人をハジいたらいいんですね?」

ロドリゴ「ああ。二度とあんな奴が来ないよう、塩漬け樽で大使館に届けてやれ。また山賊の仕業にみせかけてな」

自警団員#2「(ニヤニヤして) それじゃ、ちょっと客間を汚させていただきやすが…」

ロドリゴ「構わん。そろそろ模様替えをしようと思っていたところだ」

○客間
 中骨、広い応接室の壁沿いをウロウロしている。
 客間から廊下に通ずるドアがいくつもある。

中骨「トイレはどこに…? スペイン語でトイレは、え〜と…?」

○廊下
 ロドリゴから命令を受けた自警団員たち、早足で応接室に向かっている。

自警団員#1「(他の団員たちに目配せして) 俺がドアを開けたら一度にだぞ…いいな!」

 ドア前に至る。
 自警団員#1、ドアノブを掴み、サッと開ける。

○ロドリゴの私室
 グラス酒をあおっているロドリゴ。
 廊下の向こうから、拳銃の乱射音が響いてくる。
 その音を聞いて、満足そうに口を拭うロドリゴ。

ロドリゴ『まったく広い世界を知らぬ法律バカも居たものさ。ここをどこだと思っておる?』

○客間
 硝煙が晴れると、客間には誰もいないので、自警団員たち、キョロキョロしている。
 ソファは羽毛が飛びだし、壁やドアなど、部屋一面にも弾痕がついてくすぶっている。

自警団員#1「くそっ、じじいは!? あの日本人はどこへ行った?」

自警団員#3「オイ、これを見てみろ!(と、ひとつのドアを開けたところの廊下の床を指さす)」

 他の自警団員たち、全員そのドアに駆け寄る。
 液体が、廊下の先の方まで点々と滴っている。
 自警団員#3は、しゃがんで床についたその液体を指につけている。

自警団員#2「血かっ!?」

自警団員#3「いや…アンモニアのようだ…」

○廊下の角を曲がったところ
 チャックを上げながら、中骨、青ざめている。
 呼吸が荒い。

中骨「チビっとる場合じゃない…ロドリゴめ、私を殺そうとした…ここには法の正義はないのか…!(と、再びヨタヨタと駆け出す)」

 さらにもうひとつの角を曲がる。

中骨「出口だ…!」

 その先にも延々と廊下が続いていて、その先に庭が見える。

中骨「(足がもつれて) ダメだ…足がもつれてきた…」

○同じ廊下・時間経過
 廊下の先端の庭園に面したところ。
 自警団員たち、走ってくる。
 後からロドリゴも来る。

自警団員#3「どこにもいやがらねえ!」

自警団員#2「もう屋敷の外に逃げたんじゃ…!?」

ロドリゴ「(両手を振り回して怒っている) この役立たずども! じじいをこの開拓地から一歩でも出したら、お前達もただじゃ済まさんぞ!」

自警団員#2「人数を連れて、空港を見張りやす。絶対逃しゃしません!」

自警団員#1「よし、残りは手分けして庭の周りを探せ! まだそんなに遠くへは行ってないはずだ!」

 自警団員、バラバラと庭に飛び出す。

○その廊下の奥の方の一室のドア

○その一室の内側
 ドアにもたれた中骨、ゼイゼイ息をついている。

中骨「…まだロドリゴの邸内だってのに、もう息が…。ここで少し休もう…!」

 中骨、荒い息をしながらカーペット上に腰をおろし、ドアに背中を預ける。

中骨『ああ…相手が麻薬組織のボスでは、文明国式の交渉は無理なのか…!?』

 中骨の呼吸が静まる。

中骨『…かといって、モラレスのような超法規的なやり方はできない。仮にも一部上場企業の法務部社員だ』

 中骨、目を閉じる。

中骨『では、どうするか…』

 中骨、目を閉じたまま首をかしげ、すぐにイビキをかきはじめる。

○ロドリゴ邸の近くの農道
 ロドリゴ邸の庭園での自警団員たちの様子を、木陰から眺めている男。
 柴木を満載し、ロバに曳かせた荷車の馭者席に座っているその男が、目深にかぶった帽子のつばを上げる。
 モラレスだ。

○モラレスの視点からみた庭
 自警団員、手分けをして庭の植え込みの中などを探している。

自警団員#3「庭の中にはいないようだぞ!」

自警団員#4「こっちにも見当たらねえ!」

自警団員#1「それじゃ外だ、外を探すんだ!」

自警団員#5「畜生め、意外にタフなじじいのようだぜ」

 自警団員たち、外の密林の中に散る。
 モラレス、その様子をじっと見届けている。

○元の室内・時間経過
 鼻提灯が割れ、中骨、ハッと目を醒ます。

中骨「いかん、時差ボケで、ついうたた寝を…!(と、立ち上がり) しっかりしなくては。私は殺されかけているんだぞ」

 このとき、執務室風の室内の様子が分る。
 部屋は物置のようで、大きな樽や箱が並べられており、窓際には小さい机がある。

中骨『(室内を見回し) ここは何かの物置か。…とにかく、あの窓から逃げるとしよう』

 中骨、窓際に走り寄ろうとして、床の上の紙箱を蹴飛ばしてしまう。
 箱の蓋が取れて、中味がぶちまけられる。
 それは、欧米各国のパスポートと運転免許証、複数の眼鏡、万年筆、ライター、腕時計などである。

中骨「(パスポートを手にとり) なんだこれは…?」

 パスポートの写真の人物の眼鏡と、さっき箱から飛び出した眼鏡の型が同一である。

中骨「アイルランド人ユーイン・メレディス…こっちはアメリカ人…これはギリシャ人…なんでパスポートや免許証がこんなに……?」

 中骨、ふと近くにある樽に目を止める。
 中骨、パスポートを箱に戻し、そっと樽の蓋をずらす。
 中骨、おそるおそる、中を覗く。
 樽の中には、血塗れのワイシャツ、背広、ネクタイ、眼鏡、靴などが詰まっている。
 ワイシャツには弾痕とおぼしき焦げた穴もある。

中骨「ち、血塗れの衣類…! それも数人分…あわわ…!」

 中骨、樽をひっくりかえして窓際に走り、机の上に昇る。

中骨「(窓枠を押し上げながら) 長居は無用だ、こんな屋敷!」

 と、自分が手をついている窓際のマホガニーの机の上に目がいく。

中骨『(用箋を手に取り) これは…?』

 ロドリゴの発行する私物命令書の白地の用箋シートがある。

中骨『…火事場で自警団がふりまわしていたロドリゴの私物命令書の用紙か』

中骨「(用紙を数枚、ポケットにねじこみ) そうだ、たしかに会って話をしてきたという証拠に、これを持って日本に帰ろう!」

○時間経過・ロドリゴ邸の敷地境界
 柵付きの生け垣から、這い出してくる中骨。
 中骨、安心した顔。
 と、目の前にロバの脚と荷車の車輪が来て、止まる。

中骨「(凍り付く)…!」

声「なかなか悪運強いな」

 中骨がギョッとして見上げると、それはモラレスの荷車。

中骨「モラレスか!? 助かった…!」

モラレス「(中骨を柴を積んだ荷台に引き上げながら) ロドリゴの屋敷にクレームをつけに行って無事に出てきたビジネスマンは珍しい」

○時間経過・ロドリゴ邸を相当離れた農道
 道は密林内の狭い道。
 モラレスは馭者台上でゆっくりとロバをあおっている。
 中骨は荷台の柴の中に身を埋め、顔だけ前に突き出してモラレスと話している。

モラレス「それで? 日本に逃げ帰るのなら、筏でブラジル国境を越えるしかないぞ」

中骨「それがなあ…債権の一部でも回収しなければ、帰国したところで会社をクビなんだ」

モラレス「じゃあ、機械をぶっ壊すとか、現金代りにコカインの現物をかっさらおうという肚か?」

中骨「いやいや、そんな力ずくや違法な金品ではだめだよ」

モラレス「フン、あんたはこのロバと同じだな」

中骨「なに、私が?」

 話している間に、荷馬車は農道の二叉路にさしかかる。
 ロバは右の道をいこうとする。
 モラレス、持っている細枝でロバの片腹を軽くたたく。
 ロバは左の道に進む。

モラレス「見ろよ。こいつはオレという法律に従わねばならん。だが、オレはこいつの命を保障してるわけじゃない」

中骨「(ロバをじっと見て考えている)…」

モラレス「オレが見ていない隙に、ピューマに食われちまうかもしれん。法律なんて、そんなものだ」

中骨「…モラレス、分ったよ。では私のやり方で、機械をそっくり取り戻す」

モラレス「ほう、どうするんだ…?」

中骨「(ポケットから用紙を取りだし) これを使う」

モラレス「ロドリゴの命令書の用紙か。でも、白紙だぞ?」

中骨「川岸のガラクタの中に、タイプライターがあったろう?」

○時間経過・川岸
 中骨が用紙をタイブライターのプラテンにセットしている。
 中骨の後ろで、モラレスは腕組みして見ている。

中骨「リボンが薄くなきゃいいが…(と、バチバチと打ち始める)」

モラレス「(驚嘆して) すごい、どうしてスペイン語の文章がスラスラと出てくる?」

中骨「私は一度目にした公式文書の文面は忘れん。火事場で見た書式を真似てるのさ。(と、打ち終った偽命令書をプラテンから取り外し) ほら、偽命令書だ」

モラレス「(偽命令書を受け取り) それにしても、大した記憶力だぜ」

中骨「なに、私などまだまだ未熟だ。小野小町は五千数百首の万葉集を全部記憶していたし、私の妻も数千首は空んじられるからなあ」

モラレス「…???」

○ロドリゴ邸の外門・夕方
 ロドリゴの周りに、申し訳なさそうな自警団員が取り巻いている。

ロドリゴ「取り逃がしましたで済むかっ! このグズどもが!(と、乗馬鞭で自警団員の一人を打つ)」

自警団員#1「ロドリゴさん、こうなったらコカイン密造所の場所も移した方が…」

ロドリゴ「ううむ…やつもまたあそこに現れるかも知れんな…よし、おまえ、先に行って厳重に見張れ。わしもあとから行く!」

○コカイン農園・同時刻
 多数の労務者によって、粉末乾燥機がフル操業している。
 現場監督風の労務者が、モラレスが一人、歩いてくるのに気付く。

現場監督「(見とがめて) こらっ、貴様! どこから入ってきたっ?」

モラレス「オレはロドリゴさんの使いさ。ここに命令書もある! (と、懐から偽命令書を出す)」

現場監督「えっ、ロドリゴさんから? どんな指示だ?」

モラレス「(読み上げ)『軍隊の手入れがあるらしいので、本日の作業を変更。全員で粉末乾燥機を川岸に運び、筏に載せること。その後、コカインは焼却炉で燃やせ』(と、用紙を手渡す)」

現場監督「(偽命令書を一瞥し) ふ〜む、こりゃ、大急ぎだな、サインも乱れてる…」

 いつのまにか、多数の労務者が作業を中止して集まっている。

現場監督「(命令書をポケットにねじ込み) よしみんな、聞いたか。軍隊が来る前に、機械を川岸へ運ぶぞ! 急げ!」

 労務者たち、ゾロゾロと粉末乾燥機械の分解・運搬にとりかかる。

モラレス『大した詐欺師だぜ、ヘッ…』

 モラレス、ほくそえんで、目立たぬように薮の中へ消える。

○薮の中
 足早に現場を離れようとするモラレス。

声(自警団員#1)「ちょっと待ちな」

 突如、人影が立ちふさがる。

モラレス「うっ…!」

 ロドリゴが先遣した数人の自警団員だ。
 モラレス、取り囲まれる。

自警団員#3「この作業場では見かけねえツラだな…?」

自警団員#1「許可なくここに立ち入ったらどうなるか、警告は読んだろうな? (と、ナイフを抜く)」

モラレス「いやあ、あっしは字は読めねえんで…」

 モラレス、隙を見て自警団員の一人を突き飛ばし、逃げ出す。
 自警団員#3、後ろから銃で撃とうとする。

自警団員#1「殺すな! あの日本人と仲間かも知れん、追いつめて訊問しろ!」

 自警団員たち、ナイフを抜いて追う。

○やや時間経過
 モラレス、壁状にそそりたつ崖に行き当たり、進退極まる。

モラレス『チッ…しまった…!』

○その崖の上
 荷馬車が待機している。
 その馭者台には中骨。

崖下からの声(自警団員#1)「ナカホネとかいう日本人を知ってるんじゃねえか、お前?」

中骨「(ギクッとして) 何だ…!? この下から聞こえたぞ…!」

 中骨、急いで馭者台を降り、崖縁までそっと這って行き、下を覗く。

中骨「こ、こりゃ大変だ…!」

○崖の下

モラレス「し、知らない…オレは道に迷って…!」

自警団員#3「ただの百姓にしちゃ、目配りが違うぜ、こいつ」

自警団員#1「ああ、山賊の仲間かもな。それなら、訊き方がある…」

○崖の上

中骨『私の作戦のせいで、モラレスが…!』

○崖の下
 自警団員たち、モラレスを取り押さえる。

モラレス「オレは道を間違えただけだよ!」

自警団員#1「頭の生皮を1cmづつ剥がされたら、思い出すかな? (と、ナイフを擬す)」

○崖の上

中骨『どうしよう…早くなんとかしなくては…』

 中骨、荷馬車に山積みされている柴木に目を止める。

中骨『ええい…男ならやってみろ!』

○崖の下
 自警団員たち、モラレスをひきすえ、自警団員#1がモラレスの頭部にナイフをあてがっている。
 と、崖の上からバラバラと小石が降ってくる。

自警団員#1「な、何だ…?(と、見上げる)」

モラレス「…?」

 崖の上の端に、夕陽の逆光の中、逆立ちしていなないているロバが見える。
 と、次の瞬間、燃え盛る荷車が急な崖斜面を一気に駆け下ってくる。

自警団員#3「…ゲッ!!」

 馭者席には中骨が仁王立ちになり、右手でチェーンを振り回し、左手に草刈用の大鎌を握り締めている。
 中骨は火炎を防ぐため、顔をボロ切れでぐるぐる捲きにしている。

中骨「オラ〜ッ、火ダルマ戦車のひよどり越えじゃ〜っ!」

自警団員たち「何だ、あいつは!?」「よくわからんが、危ねえっ!」

 自警団員たち、浮き足立ってモラレスを放して逃げ出す。

モラレス『ナカホネ…!』

中骨「モラレス! 助けにきたぞーっ!」

 と、崖の途中の大石に衝突して荷車はバラバラに空中分解。
 荷台部分は逆さまになって地面に激突、自警団員らは柴木の下敷になって伸びる。
 自警団員#1だけは、下半身のみ下敷きになって、まだ意識がある。

自警団員#1「ううう…この野郎…! (と、拳銃を抜いてモラレスを狙う)」

 その上に中骨とロバが落ちてきて、自警団員#1、気絶する。

中骨「(地面に投げ出され) イテテテ…なぜこの年でなまはげみたいな格好をせにゃならん…トホホ…」

モラレス「(中骨を立ち上がらせ) あんたを見直したぜ。だが、手荒なマネはしない主義じゃなかったのかい?」

 荷車の下で、自警団員らがうめいている。

中骨「(ボロ切れなどを取り払いながら、自分に言い聞かせるように) 不本意だが『君子は豹変する』ってな。日本に帰ったら、こんな悪夢も忘れるさ」

モラレス「…?」

中骨「それより、川岸で機械を受け取らなくては!」

モラレス「そうだな、仲間が筏をつけてくれているはずだ。急ごう!」

○時間経過・元のコカイン農園・夕暮れ
 ジャングルの中を、自動車が走る音。
 ロドリゴと自警団員が乗ったロールスロイスのオープンカーが来て、急停車する。
 バラバラと自警団員が降りる。
 ロドリゴ、大型拳銃を手に、先頭に立って歩き始める。

○密造所
 トタン葺きの小屋が見えてくる。
 現場監督と労務者数人が、帽子を脱いでロドリゴ一行を迎える。

現場監督「これは、ロドリゴさん…!」

ロドリゴ「何も変わったことは…アッ…!」

 機械はなくなっている。

自警団員#4「粉末乾燥機械が…」

自警団員#5「…なくなっている!」

ロドリゴ「(現場監督の胸ぐらをつかみ) きさま、あの機械をどうした?」

現場監督「あ、あなたの命令書を持った使者がやってきたので…!」

ロドリゴ「わしの命令書?」

労務者#1「へい、それで御指図通りに、川岸まで運びましたんで」

ロドリゴ「そんな命令など出した覚えはない、見せろっ」

 ロドリゴ、現場監督の手から、中骨が偽造した私物命令書をひったくる。

ロドリゴ「(命令書を見て) くっ…偽造だ! あの日本人め!」

 命令書の一番下のサイン欄には、墨痕鮮やかに『へのへのもへじ』が記されてある。

ロドリゴ「(拳銃の撃鉄を起こし) 全員でナカホネを探せ! この手でハラワタをつかみ出し、生きたまま禿げ鷹についばませてやる!」

 自警団員、散りかける。

現場監督「あの、ロドリゴさん…」

ロドリゴ「何だ?」

現場監督「それと…コカインも大至急焼き捨てろ…とも言われまして」

ロドリゴ「何ィ? それできさまたち、どうしたんだ?」

労務者#1「へい、全部焼却炉にぶち込んどきました。もう軍隊が来ても安心で…」

ロドリゴ「バカ者〜っ!! 全員総出だ、早く炉の中から出せ! 日本人の探索は後回しだ!」

○焼却炉
 ロドリゴ、自警団、労務者たち、走ってくる。
 ロドリゴ、焼却炉にとびつき、勢い良く鉄扉を開ける。
 するとそこから濃密な白煙が勢い良く吹き出して、ロドリゴの上体を包む。

ロドリゴ「むわーっち!!(と、咳き込む)」

自警団員#4「(ロドリゴの襟を掴んで引き戻し) だ、大丈夫ですか、ロドリゴさん!?」

 ロドリゴ、しばらく咳き込んでいるが、やがて静かに動かなくなる。

自警団員#4「…?」

ロドリゴ「(定まらぬ目で団員の手を跳ね退けて) …お、俺の頭に、宇宙から電波を打ち込むのをやめさせろっ!」

自警団員#5「???」

 ロドリゴ、拳銃を抜いて中空を狙う。

ロドリゴ「(怯えた目になり) 畜生、コーヒーの木がみんな口になってわしの悪口を喋る!」

自警団員#4「(ゾクッとして)…ロ、ロドリゴさん…?」

ロドリゴ「わ〜ん、湾岸ですよォ!! (と、泣きながら森の木に拳銃を発砲し始める)」

労務者#2「こりゃいけねえ…煙サ吸い込んでラリッちまっただよ!」

 ロドリゴ、見境なく発砲を続ける。
 労務者たち、頭を抱えて伏せる。

自警団員#4「危ないっ! ロドリゴさ〜んっ…!」

自警団員#5「誰か、取り押さえるんだ!」

 自警団員たち、ロドリゴに迫る。

ロドリゴ「わ〜い、競争だァ〜! アハハハ…!(と、拳銃を振り回しながら走り回る)」

○アマゾン上流・翌朝
 河の真ん中をすべるように下る筏。
 筏の上には、粉末乾燥装置が乗っている。
 中骨、カメラを胸に、周囲の景色に見取れている。
 舵取りの中に、モラレスの姿がある。

モラレス「ブラジルの奥地交易所はもうすぐだ。このくらいの機械なら、簡単に金に換えられる」

中骨「ありがとう、モラレス。私は思い違いをしていたよ」

モラレス「何を?」

中骨「法律はホームヘルパーじゃない。自助の力を尽くさない者は、法律も助けてくれないんだ」

モラレス「あんただって、いいアドバイスをくれた。動かぬ証拠を揃えて中央政府につきつければ、ロドリゴも法の裁きを免れないってな」

 と、モラレス、懐から、パスポートの束を取り出す。
 ニヤリと笑って握手を交わす中骨とモラレス。

モラレス「ところで、さっきからカメラで何を撮っている? 珍しい鳥でもいるのか?」

中骨「いいや、この川面に映る雲の形が実に良くてなあ。日本の病院は殺風景だから…」

モラレス「やっぱり日本人はよく分らねえ…」

中骨「君も歳をとれば分る」

 と、水面に投影した入道雲にカメラを向け、パチリ。
                        
                             (第1エピソード・おわり)

第1話PART1 第1話・粗案 第一エピソード
ニュージャージー・プロット 第2エピソードの案の2
「骨」第二話アウトライン 第二話

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